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《吉野川》感想:玉さまの情深い定高から物語の構造が "見えた" こと

どうしたって死ぬよりほかは無かったのだ。彼らは。入鹿という最凶権力者に目をつけられてしまった時点で。先々に予期される苦しみを考えたら、あの場で命を絶つのが、誰にとっても最もマシだと思われたのだから。

と、いうのが、9/11(水)の回の《妹背山婦女庭訓:太宰館花渡し・吉野川》の、玉三郎丈定高を中心に観ていて思った総括です。
以下に、そこに至る思考を書きます。


雛鳥は、己の恋の操と命を、秤にかけるまでもなく操を尊んだ。母の定高も娘の尊厳を守るためにその選択を認めた。しかし雛鳥にしても定高にしても、久我之助は生き延びるだろうと思ったのは、彼が入鹿の元へ参上した場合、拷問死させられる可能性を夢にも思わなかったからだ。彼女たちは自身や娘がどのような人間であるかを深く理解していたが、そこまでの入鹿の邪悪を知らず、想像もできず、つまりそうした彼女たちは、社会や政治といった【外の世界】を知らなかったことになる。

久我之助は、恋より忠義を大切として死を選んだ。父大判事は、息子が出仕したとして入鹿に責め苛まれて死ぬことを予見した。そのため息子の苦痛を除く意味でも息子の自決を応援した。しかし彼らは雛鳥の人間性を知らなかった。名誉よりも家の存続よりも、恋の操を優先する娘であると思わなかった。そのために雛鳥は生き延びるだろうと見誤った。大判事はまた息子が思い人への恋着を未練と切り捨てられるほど剛毅であることも知らなかった。彼らは政治の駆け引きや朝廷の陰謀といった外の世界は知っていても、家庭の中の人の心、【内の世界】を知らなかった。

つまり妹山に住まうのは【内の世界】に目を向ける人々、背山に身を置くのは【外の世界】を見る人々。個人を優先する妹山と、社会を優先する背山。
それが「女の世界」「男の世界」とされるのは、この島国が(現代に至るまで)持ち続けてきた性別役割分担をそっくり映している。女は内向的で神経質で主観的で社会生活に向かない。男は外交的でがさつで客観的で家庭生活に向かない。そういうステレオタイプであり、同時に日本社会が "現実" としてきたもの(+しているもの)だ。


雛鳥にとって久我之助でない男との結婚は在り得なかった。強要されれば死を選ぶ。どのみち、死ぬよりほかに入鹿の要望から逃れる手段は無い。久我之助を助けるために、一度は入内に従うふりをし、入鹿の元へ向かう過程のどこかで自死するつもりであることを、娘の人となりをよく知っている母定高は見て取った。娘がそういう人間であることを、おそらく《花渡し》の場で要求された瞬間に彼女は意識したことだろう。それでも、或いは、もしかしたら。娘の心境に変化がありはしないかと、生き延びる道を選んではくれまいかと、一縷の望みを探って、妹山の屋敷内で輿入れの話を持ち出したのではないだろうか。そうして逐一反応を窺って、娘が口では承諾を告げながら、その実決意の固いことを悟り、それならばいっそ一思いに斬ってやるのが温情と、定高自身も覚悟を決めて、下げ髪を整えてやったと思われた。

決めたとはいえ定高自身も先延ばしにしたい行動の契機を図らずも齎したのが雛の首だった。告げることすら憚られた胸の内を、曝け出されたように感じたのではないか。ゆえに、それが天啓だったように、定高は口を割ってしまう。口火を切れば進むしかない、我が子の首を斬るしかない、恐ろしい未来に。

定高が一度雛鳥へ、結婚のカマをかけて、そのうえで「首掻くための下げ髪」と言う、行きつ戻りつの本心が、どの時点から雛鳥を死なせてやろうとしてたのかがよく分からないで観てたのだけど、今日ズワワ~~~ッと筋が通って見えたんですよね……【定高は、娘を、知っていた】と思ったら……。


なので雛鳥にとって生き残る道は無かった。彼女の性格がそれを許さなかった。
久我之助にとって、少しだけ生き延びる道は有った。けれどその延びた期間で、得られるものは何も無かった。待っているのは苦痛だけだ。早く命を絶てばそれだけ忠臣としても硬派な若者としても彼の株は上がる。

ではせめて数刻なりと、生きたまま恋人たちが身を寄せ合える猶予は無かったかと考えれば、あの時点では無かったのである。
川は渡れない。少なくとも、生きている人間は渡れない。
定高と大判事が辿った道を通っていずれの場所で落ち合うことも、見張りがついていて叶わない。そんなことをすれば早々に二心ありと告げられて逢瀬どころではなくなるだろう。
すると、せめて片方には息があり、片方の身体が川を渡れるモノになっている、その状態で引き合わせるのが可能な限り最上と思われる。
(例えば冷戦時代、ベルリンの壁の下で、向こうから壁を乗り越えようとして銃撃を受けて落下した恋人の亡骸を抱きとめるように。この物語で、滔々と流れる川は神話的寓意的な自然界の試練でありながら、同時に人間の社会における人為的障壁の象徴にも成り得る。)

雛鳥と久我之助が野で出会ってから間もない頃、そこまで遡れば寄り添うことも出来ただろうが、それを云うなら “領地争いなどするべきでなかった” がすべての結論になってしまう。


だから、この物語は悲劇だけれど、『賢者の贈り物』的なすれ違いゆえの悲劇ではないのだ。個人と社会、内と外。お互いに見(え)ているものが違うから、相手に対して明るい希望を抱いただけで、そんな未来は元々用意されていなかった。ただその決行の前後の様子から、あたかもちょっと時間がズレていれば避けられたように見えるだけで、そのために惜しさ哀れさが弥増すだけで。

悲劇の理由は「巨悪に目をつけられたから」でしかなく、彼らの意思疎通の不足などではない。逃れようが無い点では巨大災害に近い。
だから、大判事の言う「いちどきに死なせたは、あの世で早く添わそう心」の考え方は、現世のどうしようもない不幸に対して日本人が培った大いなる救済措置であり、その点で彼らに最も “現実的” で安らかな希望だったと思われる。


だからこれで良かったんだ。

これが出来うるベストだったんだよ…………😭

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