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第4章 02 都市計画とは


しなやかで反脆い都市へ

 これまでの都市計画は機能的都市をめざすことで、都市の成長を促し、市民の幸福度を高めていこうとしていました。そして現在も、都市計画はさほど変わってないので同じことを続けています。

 なぜなら、多様性は耐え難く、違いが対立を生み、危うく脆く感じるからです。そのために、都市の機能分化を促進してきたわけです。機能を分化して純化すれば、同質なもの同士で対立が起こりにくく、混在しているよりも強くなるだろうという発想です。

 住むところ、遊ぶところ、買い物をするところ、学ぶところ、働くところ、集うところ。それぞれの機能をゾーニングしていく都市計画によって、すっきりとしていてより効率よく、より頑健な都市をつくってきました。

 しかし、衰退し続ける地域経済、多発する自然災害、コロナによるパンデミックを経験して、頑健だと思ってきた都市が実は脆かった事が浮き彫りになってしまいました。

 多くの税金が地方にバラまかれ、都市の賑わいづくりや活性化をめざしているにも関わらず地域経済は上向きません。自然災害によって分断され、地域が孤立、まともに日常の暮らしを送ることもままならなくなっている状況。そしてパンデミックによって自宅を中心とした生活が余儀なくされると、ご近所での暮らし方が分からないから、ストレスを感じる人が増えている。

 ご近所にもたくさんお店はあるけれど、そのお店がどんな店主かもどんな客層かも分からないから入れない。遠くのスタバには入れるのに、近くの喫茶店には入れない症候群。

 このように機能的で頑健な都市は実は危うく脆いのではないかという気づきの中、対極となる都市のあり方の表現として上手いなと思ったのは「しなやかな強さ」という東京谷中にある「HAGISO」をはじめとした店舗群を経営する建築家・宮崎晃吉の言葉です。

 彼は谷中を中心として複数のお店を経営する中で、このパンデミックを経験して感じているのがこの言葉だそうです。ご存知の通り谷中は東京の中でも古き良き町並み・住宅・商いが今も残る下町で、島原万丈のセンシュアス・シティでも谷中のある台東区は、隣にある文京区の第1位に続き第2位にランキングされています。

 彼らのように新たな参入もありつつ、古くからのお店も残り、お寺やお墓、普通の住宅街と、近所付き合い等下町らしいつながりのある暮らし、それは大きな企業のコントロールで造られた空間ではない、管理できないエリア。

 悪く言えばなんだか雑多な雰囲気だけど、各個性が尊重されつつ、多様な要素が混在しあう場所。宮崎は、パンデミックによってもたらされた経営危機だったが、計画された街ではない、機能が重層化した谷中という下町が、しなやかな強さを持っていたからこそ生まれてくる偶然を自身の意志で必然に変え、なんとか状況を乗り切っていけたといいます。

 もう1つ、未来の都市像としてふさわしい表現だなと思っているのは、ナシーム・ニコラス・タレブの「反脆弱性」という言葉です。彼は、著書『反脆弱性』の中で、不確実性の時代における羅針盤として、反脆いことの重要性を説いています。何かというと、「脆い」の反対は「強い・頑健」ではなく、「反脆い」という発想です。

 危うく脆い状態に陥らないよう、これまでの都市計画では、悪影響のあるものを出来るだけ排除して分離し、またはランダムなものではなく、理路整然としたものを完璧な調査と計画で作り出すことで強い状態や、頑健なエリアを作っていきたいという考え方でした。

 しかし彼は、一見強そうなトップダウンで理路整然と計画されたものよりも、段階的で漸進的なものや、途中で創造と破壊を繰り返しつつ成長するもの、また一定の悪影響のある刺激も共存し多様性を保って順応していくものといった、有機的構造を持ったものの方が次のレベルに立ち向かえる状態をつくるといいます。

 その結果、強く頑健な状態を維持することよりも、反脆く、しなやかに進化することができるという考え方です。それは所謂人間を含む有機体そのものであり、その例として、「ホルミシス」という仕組みを説明しています。

 「ホルミシス」とは、わずかな有害物質やストレスによって、生物が刺激を受ける現象で、量や強さが適切なら生物は強く健康になり、次のもっと強い刺激に対して順応できるようになる仕組みです。

 有機体は理路整然とした仕組みではなく、多様なものが共存する中で反脆弱性を獲得しているわけです。

 また、都市については、パリを事例に説明しています。パリの中で最も高級なエリアは、19世紀の都市計画で街が分断されなかったエリアであるといい、オスマンによって大通りが整備され開発が行われた地域よりも、行われなかった複雑な構造が残った地区の方が多様性が担保され、多くの人を惹きつける街になったと書いています。パリ3区のマレ地区です。

 もちろん、前述したように19世紀のパリには過密からの脱却という命題があったとは思います。危うく脆い都市環境をどうにかしようと処方された都市計画であり、当時は強い都市づくりとして功を奏したにも関わらず、時代を経て反脆かったのは結果的に開発が行われず、多様性が保たれた地域だったということです。

 実はタレブも、著書の中でジェイン・ジェイコブズにふれ、現在もっともおしゃれで高級なマンハッタンの地域は、彼女が再開発を推進するロバート・モーゼスに抵抗したからこそ無傷だったエリアであると述べています。

 そしてこの話は日本でも映画『ジェイン・ジェイコブズ −ニューヨーク都市計画革命−』として2018年4月に公開されました。

 一見正解であるような強い都市よりも、しなやかで反脆い、機能的ではないけれど、有機体のような都市の方が21世紀の都市像としてふさわしいのではないか。

 その状態を維持するためにも、多様性を担保して寛容し、多様性をあえて生み出していくという発想と仕掛けが求められていると考えています。

多様性を担保し生み出す

 では、多様性を担保して寛容し、かつ生み出していくためにはどのような考え方や仕掛けが必要になるのでしょうか。

 ジェイン・ジェイコブズは、著書『アメリカ大都市の死と生』の中で凄まじい多様性を生み出す条件として以下の4つを示しています。

・小さなエリアで用途が多様である
・街区が短く、角を曲がる機会は多く
・新旧の建物がきめ細やかに存在
・高密度に人々が密集している

 上記のジェイン・ジェイコブズが挙げた条件を踏まえながら、これまで多くの地域に関わってきた経験から現在の日本の都市に必要だと思われる都市計画における処方箋を考える上でのポイントは、以下の4つに集約できると考えています。

 ・まちの横幅と奥行き
 ・絶え間ない新陳代謝
 ・ゆるやかなつながり
 ・大きいより小さい

 まず「まちの横幅と奥行き」についてです。まちには横幅と奥行きがあり、横幅と奥行きを掛け算した面積でその価値が決まっていく。

 どういうことかというと、横幅は新しいもの、奥行きは古いものです。横幅は、まちに新たにできてくるものです。お店であれ建物であれ、まちに新しくできるものはまちの横幅を拡大し、その魅力を増加させていくと思います。古いものが残らず新しいものがどんどん増えていくエリアは、もちろんそれはそれで価値が高い。

 しかし、古いものがどんどん消えてなくなっていくと、エリアの価値は薄っぺらくなり、いくら横幅が増えても面積が大きくなりにくくなります。

 相変わらず空き店舗や空き家、空きビルを活用して新たな使い手が出てくることがまちづくりだとして、多額の税金が投入されていますが、いい加減奥行きを守り育てることの価値に気がつくほうが良いと思います。

 古いものが残り価値が担保されているエリアは一定の奥行きがあるので、横幅との掛け算によりエリアの価値を上げやすいということです。

 つまり、横幅を増やす努力ももちろん必要だけど、奥行きを守り育てることも同じように、いやそれ以上に大切ではないかということです。

 次に「絶え間ない新陳代謝」についてです。衰退傾向にある都市に不足しているのは「新しいチャレンジ」だと思います。

 そしてそのチャレンジが常態化することで新陳代謝につながっていく。つまり、チャレンジが起こらなければ新陳代謝が止まってしまう。サルトのミッションの1つが「地域に新しいチャレンジを創出する」というのも、この絶え間ない新陳代謝が都市に必要であるからです。

 なぜ都市には新陳代謝が必要なのか。それは都市が有機体であるからだと思います。前述のタレブも『反脆弱性』の中で「有機体や動的なシステムが正常な状態を保つには、一定の変動性、ランダム性、継続的な情報の交換、ストレスが必要だ。だから、変動性を奪うとかえって有害になることもあるわけだ。」と述べています。

 また、『老舗の流儀 虎屋とエルメス』の中で、著書の1人であり発刊当時エルメスジャポンの社長であった齋藤峰明は、「生活から生まれる新しい発想が、実は「革新」につながっていく。それをたゆまず続けてきた軌跡が「伝統」となっている」といいます。

 つまり、都市計画においても、不確実で変化する時代を乗り切っていくためには、常に挑戦する機会や状態、仕掛けをつくり、その変化に対応できるように進化していくことが求められています。

 次に「ゆるやかなつながり」。その対極は、昔ながらのムラ社会のような、排他的で秩序が強制されるような関係性です。金子みすゞの「みんなちがって、みんないい」さながら、多様な個人がそれぞれを尊重しあってゆるやかにつながることで、多様性が担保され価値が高まる。

 多様であるということは違いであり、色々な考え方や意見、やり方がある。だから耐え難いこともあるにも関わらず、それぞれがゆるやかに認め合いつながっていくことで、全体の価値をあげるようなイメージです。

 なぜ全体の価値が上がっていくのか。それは、多様性が担保されることで発展するというリチャード・フロリダもそうですが、もっと具体的に起こっている現象を捉えると、ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンが作り出したGoogleの基本アルゴリズムであった「ページランク」のエリア版ではないかと考えています。

 そもそも「ページランク」は学術論文を評価する仕組みとして、最も引用されている論文が一番評価が高いという手法に基づいています。

 これをエリアで考えると、例えば飲食店が10店舗あり、店舗同士ゆるやかなつながりがない場合には、それぞれがそれぞれを引用してない状態になります。

 お客さんの中に、お店を評価するランクがあるとすると、エリアにある店舗はランキングに入りづらい。なぜなら、スターバックス等のチェーン店の方が色んなところで紹介されたり出店していて看板を目にする機会も多くてランクが高くなる傾向にあるからです。

 しかし、エリアのお店同士のゆるやかなつながりが見える化され各店舗が仲良しという雰囲気や状態が露出してくると、お客さんにとっては勝手に各店舗のランクが上がっていく。

 そもそもエリアにある飲食店はお客さんにとってランク外だったけれど、ゆるやかなつながりによってエリアにある飲食店が同じように評価が上がってくると、エリアは特に変化していないのに(店舗がリニューアルした訳でもないのに)、お客さんにとってエリアの価値が高まるというわけです。

 もうひとつ、これは次に書きたい本につながることですが、「ゆるやかなつながり」は、都市の暮らしの幸福度を高めるのではないか?というものです。

 80年以上の追跡調査により、健康で幸福な人生を送る最大要素を明らかにした著書「グッド・ライフ」の著者の1人であるロバート・ウォルディンガーは、名前も何をしている人かも知らないけれど、この人は安心だという人がご近所にたくさん存在することが、幸福の基礎であると示唆しています。

 つまり、都市における「ゆるやかなつながり」は、21世紀の幸福度に関連していると思うのです。これはとても重要な点だと思っています。

 さて最後に「大きいより小さい」です。再びナシーム・ニコラス・タレブの『反脆弱性』によるのですが、大きいと小さいは、単なるサイズの問題ではない違いがあり、かつ小さなもの(小さい集合体)は大きなものより反脆いと述べています。

 そして人間は物事が大きくなると物事を抽象的に考えるようになり、大きなものが与えるインパクトは、小さなものが与えるインパクトと比例関係にはなく、大きなものの被害は格段に大きくなる。

 例えば、小さなチームであれば人の表情を判断できるけど、大人数が一緒に動くとなるとそんなことは気にしてられないので全体として行動を判断してしまう。

 インパクトが比例しない事例としては、10kgの大きな石が上から落ちてきた場合の被害はかなり甚大になるが、10gの小石を1000回(つまり10kg分)頭の上に落としても何の被害も無いというわけです。

 また人間は、物事がセンセーショナルになればなるほど、問題が大きいと勘違いする傾向にあります。これはタレブではないですが、例えば交通事故。日本では飲酒運転による死亡者の数はここ最近の法改正でかなり減っています。平成10年における死亡者数は1200人程度だったものが、現在は200人を下回る状況です。

 しかし実は、飲酒運転による死亡事故は全体の1%にも満たなくて、50%以上を脇見運転等のちょっとした交通安全義務違反が占めるのです。テレビ等の報道でセンセーショナルに取り上げられることによって問題の大小を錯覚するわけです。

 少し脇道にそれましたが、大きい事業、大きいエリア、大きい組織、大きい自治体よりも、小さい事業、小さいエリア、小さい組織、小さい自治体の方が全体像を把握しやすくて、自分ごととして理解しやすいため、不確実な時代を上手く泳げるということです。

 そのようにシフトしていくことで一様な全体ではなく、小規模で多様な状況を担保することができるといえます。

 以上都市のあり方を考えつつ、多様性を担保するポイントを最後に説明してきました。次は、都市を経営する上でのリソースの問題について考えていきたいと思います。

この本全体の目次

はじめに

第1章 21世紀の都市計画家
・自己紹介
・枚方宿くらわんか五六市
・ダーコラボラトリLLP
・株式会社ご近所
・一般社団法人リイド
・株式会社サルッガラボ
・ビーローカルパートナーズ
・STAY local
・株式会社THE MARKET
・ポップベイパートナーズ

第2章 まちづくりとは
・そもそも、まちづくりって?
・まちづくりの誤解
・対処療法は熱しやすく冷めやすい
・まちが衰退する原因
・変遷するまちの役割
・まちには兆しがある
・未来は今ある真実から生まれる
・オススメの作法
・まちづくりとは何か

第3章 これまでとこれから
・未曾有の人口縮退
・みんなという幻想が成立した時代
・個性、能力、才能を活かす時代へ
・人口が減る時代を楽しく生きる法則

第4章 都市計画とは
・都市計画は時代に合わせた処方箋
・21世紀の都市の在り方
・都市の多様性
・しなやかで反脆い都市へ
・多様性を担保し生み出す
・都市経営課題とリソースの問題
・都市計画の主導権は民間へ
・限られたリソースを最大限活かす
・時と共に最適化する仕組み「アジャイル開発」
・人にフォーカス 未来のお客さんを想定する

第5章 少数派がまちを変える
・まちが衰退する原因の裏側で
・身銭を切ってまちを面白がる少数派
・少数派から多数派へ
・「絞って愛情深く」でファンを増やす
・ファンがファンを増やす時代
・ゴールはみんなのために

第6章 地域に新しいチャレンジを創出する
・定期マーケットでまちに革新を起こす
・まちの期待値を高める
・まちの新陳代謝昨日を活性化させる
・定期マーケット10か条
・定期マーケットはプラットフォーム
・【コラム:衰退プロセスと根源治療】

第7章 ご近所を素敵に変えよう
・ご近所のイメージ
・天王寺まで自転車で10分
・バイローカルとは?
・良き商いを守り育てる
・「どっぷり昭和町」
・バイローカルの日
・365日バイローカルマップ
・期待されるまち、選ばれるまちへ
・THE MARKETのおいしい革命
・ご近所の変化、現在進行形のTHE MARKET

第8章 新しい都市計画(序論)
・日常の自己肯定感の低い日本
・大阪の人は京都が嫌い、京都の人は大阪が嫌い
・試行錯誤する上での羅針盤
・建てないことが正義へ
・複合・混合・多様へ
・自分・少数派へ
・行動しながら変化へ
・しなやか・反脆さへ
・小さい(身銭を切る)へ
・内を意識へ
・目に見えないものへ
・未来ありき(playful Driven)へ
・新しい都市計画

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