米国大学院博士課程2年目のもやもや

博士2年目の後期も半ばに突入したピッツバーグからこんにちは、山田哲也です。来学期からは3年生となり、必修のコースワークも少なくなります。そろそろ博論と進路を仕込み始める分岐点ともいえる段階なのですが、どの選択が正しいのか悩む毎日です。理事の畠山がこれから博士を目指す人向けに米国で国際比較教育のアカポスを目指すためのtipsを丁寧に書いてくれていますが、私は、私自身が抱える悩みをシェアすることで、より日本人学生が置かれる現状をイメージしてもらえたらなと思っています。Ivyリーグではないピッツバーグ大学で国際比較教育学を学ぶ大学院生という文脈は心得て読んでください。

私の葛藤をシェアする前に、3つピッツバーグ大学、ひいてはアメリカの高等教育機関の教育学部を取り巻く現状をお伝えしておきす。

1.国際比較教育学が下火に

ピッツバーグと聞くとラストベルト、弱小パイレーツ、橋が落ちたところというイメージが強いかと思いますが、ピッツバーグ大学は50年以上も国際比較教育学研究が続くアメリカの国際比較教育の先駆けの地です。英国のサセックス大学と同様に、90年代や2000年代の初頭はSeth SpauldingやJohn Weidmanといった名物教授が国際機関のコンサルを請け負うなど非常に盛り上がりを見せていました。一方で最近はコンサルはないに等しく、国際比較教育研究のフラッグシップ機関であったIISEでも研究どころか常にリソースが不足している状況です。世界最大の国際比較教育学会CIESの本部がひっそりと残っているのが往時の繁栄を表しているかのようです(いとをかし)。実際に、国際比較教育学が下火になっているのはどうやらピッツバーグ大学だけではないようです。コロンビア大学にも国際比較教育学部がありますが、私の元指導教官がいたときほど研究は盛り上がっていないと聞きますし、なんといっても国際比較教育学のポストの数が非常に少ないようです。畠山が2021年の9月から2022年の3月までの間で国際比較教育学でヒットしたテニュアのポジションは2つ、ポスドクに至っては1つだけという状況です。

2.アメリカ国内の人種×教育がトレンド

なぜ国際比較教育学がこんなにも下火になってしまったのか、様々な要因が考えられますが、その一つに人種×教育の流行りがあります。人種×教育のテニュアポストは数えきれないほど出ているようで、それに加えてリソースも人種×教育に流れています。ピッツバーグ大学では、教育学部のDeanが黒人の先生になってからその傾向はより一層進み、urban education(アメリカ都市部の教育≒黒人の教育)に資金が集中的に投下されるようになりました。Urban educationを専攻する黒人学生をサポートする仕組みはかなり充実した一方、国際比較教育学部は資金不足に苦しんでいます。私のアドバイザーは、ピッツバーグ大学教育学部は国際比較教育学、ましてや留学生に出すお金はごく少しだと言う始末です。現在3年目の奨学金を全方位的に探していますが、まだ見つかっていません。例外的にAsia Studies Centerに中国の教育をやる学生の資金は潤沢にあるようですが、日本人でネパールの教育をやりたいなんていう学生にはなかなか厳しい状況です。アメリカ人学生の中でも海外に興味を向ける学生は少なく、アメリカ国内のことにしか興味がない人が多くいるように感じます(もちろんアメリカ国内の問題は山積している)。

3.圧倒的な大学間ヒエラルキー

日本と同様にアメリカにも大学間のヒエラルキーは存在しているのは頭では理解できていたつもりでしたが、露骨にヒエラルキーが存在しているなと実感する日々です。アイビーリーグなどのランキングの高い大学は、キャッシュカウの学部を除き、入試基準を非常に高くして、質が高い(とされる)学生を輩出、その質がシグナルとなりさらなる質の高い学生を呼び込びます。同時に各界で活躍するアラムナイに積極的に寄付を呼びかけ、資金的にも潤沢になり、その資金がより質の高い研究者・学生を呼び込むために使われます(詳しくはこのペーパー)。これが現在進行形で継続中です。分野にもよりますが、東海岸の有名大学にいれば、研究資金や共同研究にアクセスしやすい一方で、ラストベルトの大学では、自分からアウトリーチをかけないとチャンスをつかむことはできません。学会内でもヒエラルキーが存在しています。ピッツバーグ大の優秀な先輩は、ある学会の学会賞はハーバードの先生がその教え子に箔をつけるための道具と化していると、憤慨していました。私の指導教官は、世の中は不平等なのだ、それを理解した上で生きよ、的な名言を私に伝えましたが、アメリカのアカデミアの中には、目に見える・見えない壁が存在しています。


悩み①:アメリカ国内の研究をするか、途上国で突き進むか

以上の国際比較教育学が下火になっている状況では、途上国の教育だけをやっていてもアメリカでアカポスを得ることは難しいです。数年のうちに国際比較教育学のポストが若干戻る可能性はありますが、大きな流れとしてはポストの急増は見込めないのではないかと思います。またローカライゼーションや組織のプライオリティの変化により、2000年代初頭と比べて世銀など国際機関の国際教育協力のポストも減っています。アメリカ国内の教育に手を出せば、オーディエンスやビジビリティは増えるので、アカデミアや米国内の教育系の研究機関などポストの幅が広がります。ちなみに、アメリカ国内の教育をやっている教育社会学の先生からはむしろアメリカの教育やらんのかい?みたいな感じのスタンスで話されます。(笑) 僕は学部→修士→その後のキャリアと一貫して途上国の教育をやってきたので、ここでアメリカの教育に手を出してしまうのは、これまでの自分に嘘をつくことになるのではないかとさえ思ってしまいます。

悩み②:1次データを収集するか2次データを加工するか

私は博論をネパールでの実証研究でやりたいと考えていますが、実は指導教官はそこまで乗り気ではありません。コロナ禍での実施リスクに加えて、費用対効果が低い、キャリア的にもプラスではないというのが彼の意見です。現地での滞在に加え、結果をまとめ1つの論文を書く時間があれば、二次データを分析した論文を数本書ける。既に走っているプロジェクトの中でデータを収集させてもらうのであれば別だが、資金的に余裕のない学生が一から作り上げるのはなかなか厳しい。博士取得後にグラントを取ってからやってはどうか。北米のアカデミアを目指すのであれば、ネパールの色がつきすぎるのは良くないので、途上国に加えてアメリカもデータとして含まれている二次データを分析すべし、となかなか現実を突き付けられました。さらに、1次データを使った研究は適切な研究デザインを構築すれば分析自体は困難ではない一方で、2次データの加工にはひらめきと高度な研究手法が必要なため、研究者としての幅を広げるよ、と今後の私のキャリアを思ってアドバイスをしてくれているのでした。

悩み③:流行りに乗るか自分の関心を突き詰めるか

日本でお世話になった先生からは、研究者たるもの、自分のコアとなる研究関心を追究すべしと教わり、それが美徳だと信じてきました。しかし現状のアカポス市場では、国際比較教育学の研究者になるためには、国際比較教育学だけやっていてはだめという非常に苦しい状況です。ある先生は、国際比較教育学の研究者になるために高等教育トラックでテニュアを取り教授まで上り詰めました。当時国際比較教育学トラックには白人アメリカ人の研究者がいたそうですが、投稿した論文の数・質で圧倒して教授に昇進したそうです。外国人かつアイビーリーグではない学生がこの国で自分のやりたい研究をやるのは相当大変で、上で紹介した私の指導教官のアドバイスも非常に納得できます。畠山も「ポストのある分野で研究するのは大事、やりたい研究はテニュアを取ってからできるので、博士の間は全体の流れに迎合しておくのがよい」と言っています。どちらがよいのでしょうか。

結論:戦略的に研究を進める

以上、近所で橋が落ちた街で博士2年生を継続中の学生を取り巻く状況と悩みをシェアしてきました。悩みと大々的に書いたので、こいつ大丈夫か、ピッツバーグに駆けつけようかと思われた方もいるかと思うのですが(ピッツバーグにいらっしゃるのは大歓迎)、自分の中ではほぼ答えが出ています。途上国orアメリカ、流行りor自分の関心と「or」で考えるのではなく、途上国andアメリカ、流行りand自分の関心と「and」で考えようと思っています。悩み②の1次データ or 2次データは結構大きな分岐点になるので、もう少し考えようかなと思うのですが、自分の関心を追いつつも、流行りやemployabilityが高まる分野にも手を出していく、そういったスタンスで残りの博士課程を過ごしていきたいと思います。勝手に、研究者は一つのテーマと死ぬまで添い遂げる修行僧というイメージを抱いていたのですが、そうある必要はなくて、私は3つくらい興味があるテーマを同時並行で走らせておくくらいの感覚でいいのかなと考えるようになりました。畠山は研究を3×2のマトリックスで考えよと書いていますが、とても納得のいくアプローチなので、是非この記事もご覧ください。様々な困難が存在し、指導教官が言うようにスタートラインはそもそも不平等なのかもしれませんが、今いる場所で戦略的に研究に励んでいきたいと思います。

--------------------------------------------------------------------------------------
月額500円以上のご寄付でサルタックフレンズとして、よりサルタックの活動に参画いただけます。主なメリットに、①不定期に開催されるウェビナー後のQ&Aセッションにご招待、②サルタックオンラインコミュニティにご招待、というのがあるので、ウェビナーやブログの内容、国際教育協力や進路に関する事など、気軽にサルタックの理事陣とコミュニケーションができます。是非今回のブログの内容について質問がある、議論をしたいという方は、サルタックフレンズにご加入ください →サルタックフレンズになる

現在サルタックは新型コロナによる学校閉鎖が続いているネパールで緊急学習支援を実施しています。行政、学校、親などのステークホルダーと協力して学校閉鎖中、学校再開後の子供たちの学習支援を実施していきます。子供たちの学びの喪失を少しでも軽減し、学びを継続できるためにどうかお力添えをよろしくお願いいたします →緊急学習支援について知る・寄付をする

またサルタックでは、記事の執筆者による執筆後記や各種情報を記載したメルマガを配信しています。ご興味がある方は下記のリンクよりご連絡ください →無料メルマガを受け取る
-------------------------------------------------------------------------------------

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?