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ついに母が教えてくれた おいしいスープのレシピと「済州4・3事件」の実体験『スープとイデオロギー』スタッフブログ

『スープとイデオロギー』スタッフブログ

映画監督のヤン・ヨンヒ(梁 英姫)が在日朝鮮人として生きてきた自らの母、今は亡き父との関係を見つめたドキュメンタリー。

映画『スープとイデオロギー』

ヤン・ヨンヒ監督はこれまで自らの家族を描いたドキュメンタリー『ディア・ピョンヤン』『愛しきソナ』実兄を描いたほぼ実話のドラマ『かぞくのくに』を監督。
『ディア・ピョンヤン』の後、北朝鮮から謝罪文を書くように言われたがそれを拒否し、『愛しきソナ』を製作、それによって北朝鮮への入国禁止処分となった、とのこと。

ヤン・ヨンヒの父母は済州島出身で、「済州島4・3事件」の体験者でもある。
「済州島4・3事件」は1948年に済州島で起きた島民の武装蜂起に端を発した反共弾圧・島民大量虐殺事件で、蜂起や共産党と無関係な島民も含めて少なくとも1万4200人(映画内ではこの数字を挙げている)、最も多い推計で8万人が虐殺された、とのこと。
映画の冒頭で大動脈瘤の手術で入院した母が語る事件の様子は凄惨を極め、その体験がいかに恐ろしいものだったか、その言葉の端々から窺われるのです。

映画はまだ存命だった頃の父の様子を映し出し、「おまえの選ぶ相手ならどんな男でも構わん」それに続けて「日本人とアメリカ人以外なら」と付け加える。
流暢な大阪弁と韓国語を織り交ぜながら人懐っこい様子で語る父の様子とは大きなギャップを感じるこの言葉は、熱心な活動家であった父の信条が端的に現れているのだと思います。
3人の兄を帰還事業で北朝鮮に送り出し、父の亡き後も兄たちに仕送りを続けた母。
監督は借金をしてまで仕送りを続ける母に苦言を呈す。
その一方で、母が鶏をまるごと使ったスープを作る様子を克明に記録していきます。
鶏の中にニンニクとナツメ、高麗人参を詰め、5時間ほどをかけて煮込んだスープは要するにサムゲタン(参鶏湯)のことなのかと思いますが、いかにも美味しそうな雰囲気。
家族のごくありふれた日常を描きながら、故国への想いを窺わせる場面が時折現れる様子は大変興味深いものがありました。

そうした中で、母に蘇る「済州島四・三事件」の記憶。
事件の記憶が如何に大きなトラウマとなったか、両親が済州島出身ながらも大阪に逃れてから北朝鮮籍を選んだ理由が、南朝鮮政府への強烈な不信と拒否感であることが明らかになるのでした。
大阪の朝鮮学校で思想教育を受けつつ、それに違和感を覚え、北朝鮮籍であることよりも“コスモポリタン”であることを自任する監督と母との立場の相違を描き出していきます。
北朝鮮籍の朝鮮人も韓国への渡航が許可されたことを受け、ヤン・ヨンヒ監督は母を済州島に連れていくことにした・・・

在日コリアンの人たちが韓国・北朝鮮とどのような繋がりがあり、日本でどのように暮らしているのか、その日常の様子が大変興味深いのでしたが、監督のごく身近な家族のみを映し出しながら、同胞同士が対立し、大きな争いに至る国の悲惨な歴史に翻弄されたひとつの家族の歴史を描き出していきます。
ごくプライベートな映像が、こうした大きな問題とシームレスに繋がっているパースペクティブの大きさが、単なる家族の記録に留まらず、国家と家族の関わりについての普遍的なテーマを描いているのでした。
更に、監督のこれまでの作品を見続けてきた人にとっては、北朝鮮と父母の関わり、家族の物語の中で、今作での母との関係を再認識する過程が、大きな流れの中で特別の意味を持つことが窺われ、感慨深いものがあるのではないかと思われます。

『スープとイデオロギー』上映情報

2022/7/8(金)~7/21(木)上映
7/15(金)~7/21(木)まで
①11:40~13:40

(C) PLACE TO BE, Yang Yonghi

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