ハンドメイド作家になってから「失敗の意味」が分かった理由
「物語のある天然石のお守りアクセサリー」をお届けしております、作家のsarariです。
今日のテーマは「失敗」。
2022年に入ってから、こつこつと英語の勉強を続けています。
最近はマレーシアのお友達と話してみたり、アメリカの人とオンラインで文通してみたり。
私は英語の勉強を始めたばかりだし、ずっと日本語だけで生きてきました。
だから当然、たくさん失敗し、たくさん間違ったことを言ってしまう日々です。
昨日の英会話失敗談
これは昨日の話。
マレーシアの友達と話していた時に「このゲームのシステムは、別のゲームのシステムに似てる」と言いたかった私。
しかし単語も文章も出てこなくて、思いつく限りの英単語で奮闘したものの伝わらず。
しかも間違って別の意味の言葉を使ってしまったようで、相手に意図とは異なった話をしてしまいました。
なんとかグーグルを駆使してその場は切り抜けたのですが、私が外国の話をする時は、いつもこんな感じです。
失敗の連発だし、そのうえ、まだまだ発音もよくない。
それでも私は「英語を話したいな」と思います。
だって私は、味を占めてしまったから。
「英語を話せたら、もっとたくさんの人と話すことができる」
「英語を話せたら、もっとたくさんの世界を知ることができる」
その面白さを、知ってしまったのです。
ハンドメイド作家としての色々な失敗
ハンドメイド作家としても、色々な失敗をしてきたと思います。
イヤリング変更のオプション変更に気付かず、ピアスを発送してしまったり。
委託店へ納品した作品のひとつが、作りが甘かったせいで、到着した時点で破損していたり。
プレゼントとして発送するお客様の名前と、ご購入くださったお客様の名前を間違えてしまったり。
でも、そういう失敗をしたから、色々なことを覚えました。
発送前に改めて、オプション変更が無いか必ずチェックすること。
作品を制作する時は一層気を引き締めて、ひとつひとつ妥協せずに制作をすること。
プレゼント用のオーダーが入ったら、お客様の名前を丁寧に確認すること。
どれも、失敗があったから学べたことだと、思っています。
失敗は「落ち込みの材料」だけで終わらせない
かつての私も、今の私も、失敗することは怖いです。
英語についても、ハンドメイドについても、やっぱり極力、失敗はしたくない。
でも、失敗したことは、しっかり覚えることも事実だと感じています。
会話の中でどうしても出てこなくて調べた英単語はよく覚えていますし、作家活動で失敗したことは、私なりのノウハウになっている。
失敗を「落ち込みの材料」という視点だけで見るのではなく、落ち込むこともあるけれど、そこに「成長の糧」という意味を見出す。
ハンドメイド作家になってからようやく、「失敗の意味」が分かったように感じます。
ハンドメイド作家になってから「失敗の意味」が分かった理由
ハンドメイド作家になってから、「失敗の意味」が分かった理由。
それはこの活動が、私の人生で初めて、自分の意志と情熱を持って始めた活動だからです。
それまでは親に言われたように、周りに言われたように、皆がやっているように、誰かと同じになれるように生きてきた。
間違わないように、レールを踏み外さないように、生きてきた。
会社員時代は、いくら失敗しても、なにも学べない私でした。
「失敗が怖い」「注意される、怒られることが怖い」と思うばかりで、失敗は純粋に「恐怖の種」でしかなかったのです。
あくまで私の考えですが、きっとそれは「自分でこの仕事を選んだ」「私は、この仕事をやりたいと思っている」という主体性が無かったからだと、感じています。
「私の考えることは、いつも間違っている」
「主体性」
ハンドメイド作家をはじめる前まで、私の中に無かった視点です。
学生時代になっても、社会人になってもよく目にした、耳にした言葉でしたが、全然、意味が分からなかった。
それもそのはず。
私は自分で考えているつもりでも、いつも「誰か」の中に答えを見出し、それを真似る生き方しかしてこなかったからです。
自分で考え、自分で決めることができなかった。
「私の考えることは、いつも間違っている」
26歳くらいまで本気でそう思っていたほど、私にとって「自分で考え、決めたこと」は頼りにならない、あてにならない、信じてはいけないことでした。
私が生きたかった人生
でも今は、自分で考え、決め、行動することができているように感じます。
今までの生き方を勇気を出して手放して、主婦として、ハンドメイド作家として、生きられるようになったから。
勇気を出して決断し、行動したことで、「生きている」と、ありありと感じられるようになったから。
かつての自分はどこか抜け殻のような、操り人形のような感じがしていました。
「自分では、自分の人生をどうすることも出来ない」
「自分には、自分の人生の決定権はない」
ずっとそう思っていた。
それが今は、その殻を壊して、突き破って、「私が生きたかった人生」を歩めていると感じています。
だから今の私は、失敗や間違いも、受け入れられるようになった。
以前は「恐怖の種」でしかなかったそれに、今では「成長の糧」という意味を見出すことができるようにもなった。
もちろん理由は、「私が生きたかった人生」を、勇気を出して歩み出したから。
正直、はじめの一歩はとてつもなく怖かったです。
「私はこう生きたい」と決めること、伝えること、今までの思考・行動パターンを変えることが、本当に怖かった。
でも、あの一歩を踏み出してよかったと、今しみじみと思います。
ハンドメイドについても、英語についても、自分の意志と、好奇心と、情熱を持って、取り組めているから。
「生きている」と、ありありと感じることができるようになったから。
sarari
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