【小説】the second dinosaur from the last.
昔から、何かと一人でやろうとする。
高校二年生、お前が生徒会長になったとき、全校生徒を驚かせるために、文化祭でサプライズをしかけると言い出した。毎日委員会の仕事を終えた後徹夜で計画を練って、授業中ぐうぐういびきをかいていたお前。あまり目立つ生徒ではない俺が、お前のフォローのために教師に嘘を吐くのはなかなかに疲れた。そうして迎えた本番の日。体育館の入場口でばらまかれた金テープに花にお菓子。副会長も書記も知らなかったって、一体、なんのための生徒『会』なんだよ、バカ。
一人でやろうとするのは、一人の方が楽だからだという。
4を1で割ると4、でも1に1を足せばは2で、4を2で割れば2になる、簡単なことじゃないか、と言うと、でもその足し算でもう一つの1を生み出す労力だけで4以上はかかる、みたいなことを言うのがお前だ。根暗野郎。
猫に噛まれたスズメを道で拾ったときも、病院に連れて行ったけれどもう手遅れと言われ、それでも数日間看病し続けたのがお前だ。結局医者の言ったとおり手遅れだったけれど、こいつの実家の庭にはスズメが埋まっている。それを知っているのは俺だけだ。人に合わせることはしないくせに、自分から歩み寄るときは極端だ。勝手に同調して傷付いたりする。自分を曲げなすぎて、たまに誤解を生んでは嫌われる。
そして何より、自分は一人だと必要以上に思っている。悲しみを全部引き受けるのも、誰の前だって自分をつらぬくのも、所詮全部お前の自己満足なのに、気取るな、高慢。
仕事終わり、待ち合わせのいつもの飲み屋に行ったら、できあがったお前が待っていた。
ここまで酔っ払った姿を見たことがなかったので、面食らう。何があった。と問う。しかし同時に、こいつの生き方じゃいつか限界が来るんじゃないかと思っていたところもあった。理由は、以下略ならぬ以上略だ。
「どうした」それでも必要以上にやさしくなった自分の声色に、舌打ちがしたくなる。
まあまずね、とこいつはうつろな目で俺にビールを注文し、それが来るまでしばらく無言になった。内緒話のつもりか。店員がお前の話など聞いているわけがない。やっぱりうぬぼれたところがこいつにはある……と思ったら、届いたビールジョッキを手にしようとした俺の手を掴み、顔を近づけてくる。あのね、と酒臭い息を吐く。
「俺はお前がいないと駄目なのかもしれない」
なんだこいつ。
「おい、酔いすぎ」
「俺は、自分勝手だろう」その通りだ。俺の話を今この瞬間無視していることも含めて。
「何を今更」
「ようやく気付いた。俺はずっと一人だと思っていたんだけれど、俺が何かをやっているとき、いつも迷惑そうなお前が隣にいる。お前が、俺を背負っていたんだよな」
今度は俺がしばらく黙り、「勝手にお前を背負わせないでくれるか」と掴まれたままの手をはらった。ビールを一気にのんだら、自分の顔が熱くなっていることがわかる。これは元々あまり飲めない所為と、あとその他もろもろなのだと思う。気持ちわりぃ。
こいつの気付いたことが、別に意外なことではないはずだった。しかし、こいつに言われたというところで……と思うことが多くて、嫌になる。いつも1のつもりだったこいつに、括弧付けで俺の労力1が足されていたなんてこと。それこそうぬぼれやがって、という気持ちと、図星をつかれたような心地で息が詰まる。恥ずかしくて仕方ない。何より俺自身が、お前をいつも助けてるのが誰だと思ってんだ、なんて考えたことすらなかった、この事実が。俺はこいつに何かを求めたことがない。そういうのってたしか、無償の愛とかなんとか呼ぶと聞いたことがあるような、いや、ふざけんな、本当に。
「あと俺、お前の前にいるときが一番自分でいられてるってことにも気付いた」
「うるせえな。じゃあ言わせてもらうけど、俺から見てお前はほんとうにどうしようもないやつだから、自覚した方がいい」
「でも離れていかないんだろう、とんだ世話焼きだなお前は。お前に彼女できたら俺、嫉妬で狂っちゃうかも」真顔で言う。そしてまた手を触る。
今更そんなことを言われたって、と思う。同時に、今更だから言うのだとも思う。
俺がニコニコといつも笑顔でお前のためにお前を支えていたのなら、こいつは何も語ることなく自然と俺から離れていったのかもしれない。そういう性格だということを、俺はもう知りすぎるほどに知っている。でも俺はニコニコするどころか悪態ばかり吐いていたから、こいつは気づかなかった。そして今更気付いたって、もうそんな時期を過ぎてしまったということだ。こいつは俺から離れる気をなくしているし、諦めているし、さらには感謝なんてしやがったし(これが一番こいつらしくない)、そしてこれからも一緒にいろという、地獄の宣告。
ほんとうに、呆れる。呆れながらも、こいつとずっと一緒にいてしまう予感がして、ふと終わりのことを想像してみる。いつか俺たちのどちらかが先に死ぬ。最後に残ってしまうのが俺でもお前でも、どっちでも、最悪だというのには変わりない。もし俺が最後に残るんだったら、お前の所為でたまったストレスを発散するために、思いっきり吠えてやる、うるさいくらいに暴れまわってやる。そのうち気力をなくしたら、静かに息耐えてやる。そこまで考えてから、肌に残るむずがゆさに耐えかねて、バカ、死ね、と声が出た。それを聞いたこいつに何が伝わったかわからないが、また全てを無視して、こんなことを言う。
「お前が俺より先に死んだら、俺は泣き喚いて暴れまわるんだろうなあ、多分」
俺はまた熱にかられて、口ごもる。ああ、俺はお前の悲しみなど絶対に、引き受けてやらない、絶対にだ。とにかく今日の記憶をなくしたくて、次のビールを注文した。
the second dinosaur from the last.
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the pillowsの「LAST DINOSAUR」を聴きながら書いていました。
もっと書きます。