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自分でつくれる自己肯定感

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自己肯定感が低くてもなくても、自分でつくっていけるアイディアをこつこつと
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#自己受容

人間関係に怯えないための選択

人間関係に怯えない秘訣は、相手の正解を受け止めること。 どんな言葉も感情も、発した私と受け取った相手が全く同じ風に感じているなんてことは、ありえない。 伝わっていたり共感できたり理解できたりしていても、それは同じじゃなくて、すごく伝わったとか似てたとか、そういう感じ。 逆に、こう伝えたかったのに違う風に伝わった・受け取られたってこともきっとたくさんある。 伝わったと思ったけどほんとはちょっと違ったってことも、あるかも知れない。 もしそうだったとして、私が何かを発したその

「何にも期待しない」は絶望ではなかった

誰かにイラっとしたり怒りを感じたりするのは二次的な感情で、 私が勝手に相手に期待をして、それがかなわなかったからわいてくるものだと気付いてから、 いかに誰にも、何にも、期待しないようにしようかというのが、 どこか「目標」「理想」のようになっていた気がする。 「悲しい」は私てきには一次感情だなと思うけど、 誰かに「分かってもらえなかった」「察してもらえなかった」「受け止めてもらえなかった」とかが理由の悲しみは 自分勝手な期待を減らし、自分の言葉で相手に伝える心づもりがないのな

ただの「好き」を起点に自分を取り戻す

自分を好きになれなかったり自信のない人は、誰かの目線をずっと気にしてきた人だと思う。 誰かが喜ぶことをする、誰かに嫌われないためにやらない。 他人の目線に自分の行動を左右されることが「当たり前」だった人は、自分で自分の人生をコントロールしてる感覚がそもそも薄いから、生きづらい。 子供がおもちゃ屋さんで「すてき☆ほしい!」と思う物を自分で決めることすらさせてもらえなかったら(「これがいいよね」を押し付ける親は今でもたまに見かけるけど)確実に自分に自信が持てなくなっていくし、「

人間関係を改善する「ホイコーロー理論」

最初に言い訳をすると、ホイコーローじゃなくても良かったんです。 パエリアでも焼き魚定食でもカレーでも。 この話をした時に、ぱっと思い浮かんだ食べ物がホイコーローだっただけ(笑) なんの話かというと、コミュニケーションでどういう言葉を使うかで、相手との関係性って劇的に変わるよね?というお話です。 例えば、お友達やパートナーや家族と「ランチに行こう!」という話になった時 「ランチどうするー?ホイコーローとかどう?」 という問いに対して ○「えーでも私、パスタ食べたいなー」 と

アレクサンダー・テクニークで自己受容が進むわけ②

前回の #note はこちら アレクサンダー・テクニークが自己受容と親和性が高いポイントの2つ目です。 【短時間で達成感がある】 自己受容に関わるものに自己効力感があります。 自分が「目標や目的を達成できる」と思える状態のことです。 そして自己受容は、自分の本当のサイズを知って、それを受け止めている状態で つまり誰かとの比較から解き放たれていることだと考えています。 自己効力感と自己受容について考えたとき、 まず、自分のサイズを知ることは「できること」が何かを知るこ

アレクサンダー・テクニークで自己受容が進むわけ①

アレクサンダー・テクニークの教師資格を取るまでの約3年で 自己肯定感がぐっと上がった時期がありました。 自分に対して否定的な感情が強く、だからこそいらぬプライドが高かった私が、自分のサイズを認め、人にも自分にも優しくなれたステップと アレクサンダー・テクニークは密接につながっていたと思います。 ---------------------------------------- AT(アレクサンダー・テクニーク)が自己受容と親和性が高いと考えるポイントが2つあります。 ①心理

黒歴史か白歴史かは、私が決める!

つらい経験や生きづらさに 「誰かの役に立てるからいいじゃん」「いつか『いい経験だった』て思えるよ」 といった言葉が「定型文」のように返されるの ギモンに思ったこと、ありませんか? なんとなく私も、「いつか」「財産になる」し「役に立つ」のであろう、 それが普通だし世の中の定理なんだろうなーと想像していました。 ですが、ちょっとだけ鬱を経験したあと 知人に「それで人を助けられるから、いい経験だね」と言われて ちょっと待って??それ、私が決めることじゃない?と思ったんです。

「がんばる」に疲れたら、私をすきになりたい

「がんばる」とき、あなたは何をモチベーションにしてがんばっていますか? ここ数か月、ずっとがんばっていました。 来月になれば多分!ここまでやればきっと! 今月よりは過密スケジュールじゃなくなるはず。 もう少し、自分のための時間やゆっくりする時間ができるはず。 そう思ってやってきたのですが、翌月のスケジュールは気付いた時にはいつもみっちり。 そもそも埋まっているスケジュールの隙間をさらに埋めて、 これとここを調整すればこの予定も入れてあげられるし、ここでMTGもできるかも…

Perfectじゃなくていい。だってFullだもん。

緊張しがちな人や生きづらさを抱えている人の多くが 「完璧じゃないといけない」「みんなから良く思われないと価値がない」 みたいな考えを強く持っていると思います。 あるいは、音楽や演劇・スポーツなどのパフォーマーもそうかもしれませんね。 「1番じゃないといけない」「全ての人から評価されないといけない」 ところで、こういったボーダーを自分で設定していること自体が 自分をおとしめ、緊張を増やし、不安が高まって動けなくなるということに、どのくらいの人が気付いているでしょうか? 完璧

生きづらさからの回復にたったひとつ、必要だったこと

子供のころからずっと生きづらかった人間が 齢30にもなろうという時にイジメにあって絶望して、この世とオサラバしようかと思っていたのに 紆余曲折あって今、なぜか生きやすくなっています。 あれ?なんでだっけ? 回復の過程を全部、洗い出し直そうかと思ったんですが この3年4年の心の動きを詳細に書き出せるほど私の記憶装置はよくできていませんでした(照 とはいえトピックスをいくつか思い出そうと振り返りをしていて、 1つハッキリと言えることがあると気付きました。 生きづらい時には

私にやさしいのは「分かってくれる人」じゃない

「私のことを分かってくれる」人は、実は私に優しくないかもしれない と言ったら、どんな風に思うでしょうか。 思春期以降、「私のことを分かってくれる人」のことが大好きでした。 あまり自分の本質を表に出さずに日々を過ごしていたので、 親さえも誤解している「私」のことを「正しく」見てくれる人は本当に素敵に見えていました。 実際、その人たちは本当に優しくて賢くて気持ちをくみ取ってくれる。 悪い人では、もちろんありません。 だけど、その人たちにともすると依存しそうになる私を見つめ直し

自己肯定感の手前に必須の給水ポイントがある

世の中でジココーテーカンがもてはやされ(?)るようになってだいぶ久しく 私も、どうやったら自分で自分の自己肯定感を作れるかを考えてこの #note にヒントを書いています。 なのですが! ど頭から「自己肯定感」を何とかしてうまくいこうとしても、うまくいかないんです。 というお話が、今日のテーマです。 自己肯定感を自分で製造できるようになる手前で立ちはだかる どうしても避けて通れないポイント。 それが、「自己受容」。 この自己受容と自己肯定感ってナニ?ちがうの?を 2ペアず

自分を知ると世界が平和になる理由

前回のnoteを書きながら考えていたこと。 私が私のことを知れば知っただけ、世界が平和になっていく。 この半年、自分が悩んで苦しんで生きづらさを掘り返しながら #note に書いてきたことは全部、 結局世界についての話はイコール私自身の話だったんだなぁってことだったように思う。 私が自分の見ている世界をどう定義づけてどう解釈してるか、 自分のことをどう「決めて」いるかに、幸せ感や自己肯定感なんかが左右される。 私が私のことを受容して、認めて、アップデートしていくと、世界は