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御教え

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金光大神(こんこうだいじん、金光教の教祖)の御教えを,毎日頂きます。
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#信心

根が張ると、長く続いて大きい実がなる

根が張ると、長く続いて大きい実がなる

木を植えても、根が張らないのに花がつくと、実らずに散る。根が張ると、長く続いて大きい実がなる。

 金光教教典
 411頁
 青井サキの伝え
 1

おはようございます。

昨日頂いた御教えのあとに続く御言葉です。
手の上がり下がりよりも、大きい実=おかげを頂く方が大事だろう、そのためには根を張ること=本当の信心をすることだ、と教えてくださいます。

*

最近、ある先生のお話を読ませていただい

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一人がおかげを受けたので千人万人もおかげを受けるようになる

一人がおかげを受けたので千人万人もおかげを受けるようになる

百姓の人は、一粒の種から積もれば何石というようになるのも知っておられるが、一人がおかげを受けたので千人万人もおかげを受けるようになるから、よい手本になるような信心するがよろしいなあ。

 金光教教典
 400頁
 山本定次郎の伝え
 66

おはようございます。

自分が真の信心を進めて自分がまず真のおかげを頂く、ということが大切です。「真の信心 真のおかげ」です。
当教会ではそのことを初代のご信

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信心の事柄を知らぬ人も数ある

信心の事柄を知らぬ人も数ある

苦難のことにつき心願する人多し。信心の事柄を知らぬ人も数ある。

 金光教教典
 397頁
 山本定次郎の伝え
 62

おはようございます

苦難は助かっても、それが信心することになるとは限りません。

電話でもメールでもラインでも、お届けすれば苦難は助かります。
信心を進めることができる人は、実際に御広前に足を運んだ人です。

*

これだけ感染が拡大している中でも、感染することなく毎日を過

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自分の難儀のない時に

自分の難儀のない時に

例えにも、子を育てて親の恩を知るというて、人間は善悪のことは知らねば人間でない。

また、人間、幸せのよろしい時ばかりはない。自分のさしつかえのない時から親に親切な人がよろしいと言うが、親に不孝の人を世の中の人がいかに言うか。もし万一、不孝の子供が災難にかかりた時には、いずれは親の罰(ばち)ではないかと人が言うようなもので、自分の難儀のない時に天地の親神のことを知りて信心するのが人間ではないか。

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信心する人は神様のおかげを受ける

信心する人は神様のおかげを受ける

病気災難にかかり、「天地金乃神様、金光大神様、願う」と申しあげ信心する人は、たとえて言えば、新開開墾、山林、荒れ地開墾に、辛抱する人ほどが作物を早く作るようなもので、神様のおかげを受ける。

 金光教教典
 395頁
 山本定次郎の伝え
 60

おはようございます。

病気、人間関係のもつれ、経済的な生活困難など、人は生きている限り病気災難に出会います。

コロナの今がまさにその時ではないでし

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よくよく心得て

よくよく心得て

とかく、善きことは一尺のことが一寸ばかりに知れる。悪いことは一寸のことが一尺余にも広がる。

氏子はよくよく心得て信心しておるがよろしいな。

 金光教教典
 394頁
 山本定次郎の伝え
 58

おはようございます。

今の時代、電話、メール、ラインがあります。ツイッターやフェイスブックというSNSもあります。わたしも、そういったものを使っ

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うろたえ信心をせぬがよろしい

うろたえ信心をせぬがよろしい

人に頼み、示談をしてもらう約束して、一応任しておき、あの人では成就すまいと思い、また、ほかの人を頼み、示談をしかけると、だんだん物に間違いができて困ることがある。
うろたえ信心をせぬがよろしい。

また、早くおかげを受けたいと思うてうろたえるのは、近道をしようと思うて知らぬみちをうろたえるのと同じことである。

此方には大道を行けというようなものである。一心になりて信心しなさい。

 金光教教典

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いつも真心が大切

いつも真心が大切

打つ墨縄の一筋に神様に信心する時のように、いつも真心が大切である。婦人が木綿を織るには、よい糸と自分の真心とをもって、人のほめるような木綿もできる。

 金光教教典
 393頁
 山本定次郎の伝え
 56

おはようございます。

綿を栽培し、その種子から繊維を取り出して、それを綿糸とし、そこから木綿を織るということを、現代の私たちはしません。

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人の心も直(すぐ)うに持てば尊い

人の心も直(すぐ)うに持てば尊い

糸は直い物である。もつれると、なかなかむつかしい。

人の心も直(すぐ)うに持てば尊い。ゆがむと、けんか口論せねばならん。

 金光教教典
 393頁
 山本定次郎の伝え
 56

おはようございます。

直(すぐ)い心とは、相手に対する尊敬の気持ちを持って、相手の言葉を聞くことを第一とする心であろうと思います。

四代金光様は、「話し合いとは

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信心も同じこと

信心も同じこと

綿の一筋は弱い物であるが、三つ四つ合わせてよりをかければ縫い糸になる。糸を織って木綿にする。信心も同じこと。

 金光教教典
 393頁
 山本定次郎の伝え
 56

おはようございます。

教祖様は換金作物として綿を栽培しておられました。今日・明日は、その綿をもっての御教えを頂きます。

綿の一筋は目にも見えないような細いもので、そう長くもあ

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静め静まることをつかさどるべし

静め静まることをつかさどるべし

六根の祓にもあるごとく、「静め静まることをつかさどるべし」というて、一家では主人、家主(一家の主)が、家内を治める司で、村では庄屋、国では殿様、日本では天子様、とかく大きな治めをする人が司をしておられる。

かくのごとく心得て信心するがよい。

 金光教教典
 392頁
 山本定次郎の伝え
 54

おはようございます。

「静め静まる」は「静

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油断をすれば後へもどる

油断をすれば後へもどる

手習いは坂に車を押すごとく油断をすれば後にもどるぞと昔よりいうておるが、信心する人もよく心得て信心せねばならぬ。信心も坂に車を押すごとく、油断をすれば後へもどる。

 金光教教典
 392頁
 
 山本定次郎の伝え
 53

おはようございます。

信心は成長させていかないとその段階に止まるのではなく、後退します。そのことを言っておられます。今

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神様へ参らん時に信心する

神様の前に参りて自分の思うことを頼むばかりが信心ではない。神様へ参らん時に信心することがたくさんあります。

 金光教教典
 378頁
 山本定次郎の伝え
 28

おはようございます。

昨日頂いた御教えの最後に「着物の洗濯をするのも体の養生である」とありました。

「人が助かりさえすればそれでけっこうである」という神様の思し召しを心に頂いて、洗濯なら洗濯を通して、神様の思し召しが現れるようにす

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先を楽しんで信心せねばならん

先を楽しんで信心せねばならん

百姓の人は種物を選んで先を楽しんでおるが、人間は懐妊中、普通の時より別に心を改めて子供のことを思い、先を楽しんで信心せねばならんではないか。

近い所の懐妊の人々を見ており、その子の心を見なさい。

 金光教教典
 377頁
 山本定次郎の伝え
 27

おはようございます。

種物とは、冬の間保存しておいた植物の種子のことです。よい種を選んで蒔き、育て、収穫を楽しむのがお百姓さんです。

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