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創作「静けさを独り占め」

早朝5時。まだ外は暗い。思い切ってコートを羽織り、寒い世界に飛び込む。この朝には真新しさがあって、まだ多くの人が使い古していない感じ。
買ったばかりのノートに、初めの一文字を書くような気分だ。
私は、思わず自転車を立ち漕ぎする。吐いた息が白く目に見える。
いつもよりスピードを上げているからか、早朝の高揚感からか、これからやることの緊張感なのかはわからない。とにかく心臓の高鳴りが止まらない。
目的地は、丘の上にある。10分ほど自転車を漕いでようやくついた。街全体を見下ろせる丘。そこには神社がある。こじんまりした神社だけど、夏はお祭りで人が賑わう。

「満月を見た次の朝、静かな神社で誰にも見られずにお参りができたら、両思いになる」
きよちゃんに聞いた噂を試す時だった。境内の近くに自転車と止める。すでに人がいたら今日はアウトだから、入念に人の姿を探す。これでアウトだったらまた来月までおまじないは持ち越しになる。それはなるべく避けたかった。
どうやら神社には誰もいない。少し怖くもなるが、それだけで応援されている気持ちになった。
同じクラスの高橋くん。野球部、ピッチャー。まだレギュラーではないみたいだけど、練習試合で投げているのは見た。好きになったのは、部活で汗を流しているところを見た時。校庭に迷い込んだ猫に優しくしていた時。授業中に寝ている横顔を見た時。班行動の時に、重い荷物を持ってくれた時。決定的な瞬間が思い出せないくらい、高橋くんの記憶で頭がいっぱいになっている。
そんなことを考えていたら、鳥居をそのままくぐってしまった。鳥居の前で一礼するんだったよな、確か。そういうルールをこちら側が守っていないと、神様も願いを叶えてくれないんじゃないかと思って、不安になって鳥居の前に戻る。確実に深く頭を下げる。
こんなにも切実に、結果を求める自分が現金だなとも思う。でも、やれることなら全部やりたい。

よし、鳥居への挨拶はこれでOK。いよいよ中心に近く。お賽銭を出す、鈴を鳴らす。手を合わせる。願いを唱える。

これ、うまく行ったんじゃない?と思った時だった。
後ろに気配がする。微かな高い音もなっている。まるで鈴みたいな。
誰がいる?

私はそう思って振り返ると、小さき目と目があった。
「え…猫?」
かわいい猫だった。高橋くんがいたら抱き上げそうな、小さな子猫がこっちを見ている。この場合、猫はセーフなのだろうか。


<三題噺の練習/30分>
1つ目は『静かな神社』
2つ目は『猫』
3つ目は『求める』


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