創作「20年経った果て」
学校を卒業してから、母校の体育館に合法的に入る方法があるんだってことを知る。
その機会は自分では選べず、一つの封筒が来ることでもたらされる。
送られた紙を持って国民の役目を果たす時。選挙だ。
私は、その紙をもって母校に向かった。小学校を卒業して、20年。その20年には、大学で東京に行って、そのまま就職をして、心を壊して地元に戻ってくるまでの期間も入ってくる。そうして20年ぶりに、地元に住民票をおいてすぐのことだった。
政治信念はないけれど、社会の役に立っているとは到底思えない我が人生だけど、どうやら持っているのは清き一票らしいから、それを投じに行く。なんとなく親と示し合わせて、一緒に行く。
投票行って外食するんだって曲があったよね、と母と話しながら向かう。
20年ぶりの体育館は、縮尺がおかしかった。傍に置かれている平均台とかを見ると、こんなに小さかったっけ、とも思うけれど、天井を見ると果てしない。天井の枠に、バレーボールが挟まっている。こんなに高くボールを飛ばす人がいるんだとくらくらする。
流れ作業のように、案内される。送られてきた紙を見せる。名前を読み上げられる。それも流れ作業かと思ったら、「あ」と声がして作業が止まる。
その「あ」は私にだけ聞こえるような声の大きさだった。
その声の主と目があう。この目の合わせ方に何か意図がある気がする。その意図を考える、目の前の男性が声を出さずに口元だけで笑う。
そのしぐさに、脳内の記憶が引っ張り出された。
彼は、6年生の時の同級生、矢島くんだった。同級生ってふわっとした表現はいけない。正確には好きだった男の子だ。
私は、押し流されるように投票ブースに向かう。それ以上私にやることはないけれど、急に動きがぎこちなくなる。
なんでここにいる?誰かの名前を書こうとして、「矢」と書き始めて、それをに気づく。全ての私の動きが見られていそうな気分になる。
私にも20年があるように、矢島くんにだって20年はある。ここは地元なんだもの。いるのだって自然なことだ。でも、どうして今ここに、彼は職員としているのかそれが気になった。
手元に視線を落とすと、三軍のTシャツが目に入った。
口紅つけてったっけ?
こんな自分にがっかりする。だけど、鉛筆を持つ力が思いのほか強かった。
<三題噺の練習/15分>
1つ目は『体育館』
2つ目は『口紅』
3つ目は『笑う』
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