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2010年01月31日(日)

昨夜からずっとプリンターを回している。細かな設定のせいで、スピードはこれでもかというほど遅い。真夜中帰宅してからずっと回してほぼ四時間、それでもまだ必要な分量は終わらない。埒が明かないと途中で諦め、横になってみたものの、インク交換だったり紙の補充だったりと結局私もプリンターとともに夜通し起きていた。まぁそんなもんだ。任せっきりにして何か失敗したのでは、後悔しようがない。
濃い目のカフェオレを飲む。疲労を少しでも解消するため黒糖を溶いてみたが、どうも体の調子に合わない。迷った挙句、コーディアルティーに切り替えることにする。
ステレオから流れるのは、先日選曲した今聴きたい80曲のうちの一曲。一期一会。口ずさみながら私は今夜何度目かの窓を開ける。ベランダに出、空を仰ぐ。うっすらとした雲が全体にかかっている。その雲の向こうに満月が凛々と浮かんでいる。その白さといったら、青白いといっていいほどの澄んだ色で。私はうっとりする。「忘れないよ 遠く離れても 短い日々も 浅い縁も 忘れないで 私のことより あなたの笑顔を 忘れないで」。早朝からこんな歌詞の歌を歌うのも何かもしれないが、それでも、私は曲に合わせて歌う。この月とはまさに一期一会かもしれない、なんてことを思いながら。空に向って闇に向って歌ってみる。
足音を忍ばせてハムスターたちの小屋に近づく。ミルクは砂浴び場でごろんとひっくり返って眠っている。この無防備な姿。私は笑ってしまう。ココアはいつものように小屋の中で眠り、ゴロは砂浴び場でちょこねんと座って目を閉じている。私と同じように彼女も夜通し起きていたんだろうか。でもせっかく目を閉じているのだからと思い、声を掛けるのはやめておく。
身支度を整え終えて、プリンターを見る。まだまだかかりそうだ。出掛ける時間を調整しなければならないかもしれない。私はあれこれ考えながら、朝の仕事に取り掛かる。

高円寺の百音での二人展。パーティの日。料理とお酒を間にあれやこれやとおしゃべりをする。途中、実際こうして会ってみて知るあなたと写真からだけ抱くあなたのイメージは違いすぎて、と笑われる。あぁやっぱり、失敗した、黙ってちょこねんと座っておけばよかった、なんて思ってみるもののもう遅い。いつもながらのがはは笑いで最後まで通してしまう自分。こうだから豪快なイメージをもたれてしまうのだろう。本当は私、甘えん坊で繊細で寂しがりやなんです、なんてことは、口が裂けても言わないが、本当はこういう場は緊張してしまっているのです、と、口の中、もごもご、みんなに聴こえないように言ってみる。今更そんなこと云ったって誰も信じてはくれないだろうから、こっそりと。
こじんまりしたパーティだったが、でも集まってくれた面子は素敵な女性たちばかりで。これを縁にしたいなぁと思わせてくれる人たちばかりで。嬉しくなる。この年になってもこうした関係が広がっていくのは、本当に幸せなこと。嬉しいかぎりだ。

途中で娘に電話を掛ける。ちょうどご飯を食べ始めたところだったらしく、もぐもぐという音が受話器越しに響いてくる。ママ、社会のテスト、百点かもしれない。すごいじゃん。うん、まぁ「かもしれない」だけどさ、自信はあるんだ。すごいね、ママ、社会なんて全く自信ないよ。娘がかかかと笑う。じゃぁ明日、うん、明日。電話はあっという間に切れる。
明日は娘にとりあえず一人で家に帰ってきてもらわなければならない。ちゃんと夕飯の用意をしておかなければ。私は心の中のメモにしっかり記す。

午後の陽光はあたたかで。窓際の席に座っているとついうとうとしてきてしまう。まるでそこだけ時間が止まったかのような空間。そして夜は満月。澄んだ月が浮かぶ夜空は適度に冷えて、心地よい。
乗り継ぎの駅、終電を逃さぬようダッシュする。こういうとき、学生時代さんざん走っていてよかったとつくづく思う。ぎりぎりセーフで車両に乗り込む。これで安心して乗っていられるというもの。
がたごとがたごと、夜の街を通り過ぎてゆく車両。街はまだ明るい。あちこちに点る灯りがどんどん流れてゆく。
あともう少し、あともう少し、自分に呪文をかける。

さて、遅くなったが餌をやらなくてはと籠を覗き込むと、ミルクもココアもゴロも、全員が全員、入り口に立って待っている。あちゃ、ごめん、と言いながらぱっぱと餌を用意すると、餌が籠に入ったにも関わらず彼らはこっちを見ている。仕方ない。端から順に、と、まずココアを手に乗せる。ただいま、ココア。声を掛けながら撫でてやる。娘が言っていた通り、ココアの腹を撫でてやると、うっとりしたような顔をする。次にミルク。ミルクは背中の、耳の後ろの辺りが好きらしい。これも娘からの言葉なのだが。私が撫でてやると、それにお構いなしといった具合に鼻をぐいぐい私の手に押し付けてくる。ただいま、ミルク。そうして最後ゴロを手に乗せる。ゴロは遠慮がちに私の手の上、ぴくぴく背中を震わせながらじっとしている。ただいまゴロ。声を掛けながら撫でてやる。鼻筋をくいくいとくすぐってやると、恥ずかしそうな顔をする。
さぁ、お食べ。と声を掛けるまもなく彼女らはみんな一斉に餌箱にとてんと座り込む。そして次々餌を口に運んでいる。これで安心。

お湯を沸かすのもそこそこに、PCの前に座り、プリンターを稼動させる。今展覧会で販売しているポストカードを補充しなければならない。それなりの量になる。
煙草をふかしながら、次々データを送り出す。あとは待つのみ。でもその待ち時間が長い。とんでもなく長い。私はゆっくり吐いた煙が開けた窓の隙間からゆらりゆらりと流れ出てゆく。

朝の仕事も終え、しばらくして、ようやくプリンターが止まる。それまでかたかたと揺れていた棚もぴたりと止まる。ポストカードをチェックし、袋につめ、急いで家を出る。
月の姿もすっかり消えて、陽光溢れる朝。なんだかやけに空気がぬるい。やってきたバスに飛び乗り、駅へ。
さすがに日曜日のこの時間の電車は空いている。窓際に立ち、外を眺める。空気中の細かな塵に当たって乱反射する陽光が目に眩しい。光の洪水だ。
さぁ今日もまた一日が始まる。朝聴いた娘の元気な声を思い出しながら、私は自分に気合を入れる。渡る川面もきらきらと煌いている。

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クリシュナムルティの日記やメイ・サートンの日記から深く深く影響を受けました。紆余曲折ありすぎの日々を乗り越えてくるのに、クリシュナムルティや長田弘、メイ・サートンらの言葉は私の支えでした。この日記はひたすらに世界と「私」とを見つめる眼を通して描かれています。

世界と自分とを、見つめ続けた「私」の日々綴り。陽光注ぎ溢れる日もあれば暗い部屋の隅膝を抱える日もあり。そんな日々を淡々と見つめ綴る。

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