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散文詩集

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2023年9月の記事一覧

「呼子鳥のように」

あなたが死んだら あたしは泣くでしょう 六月の雨のように しとしとと泣くでしょう 葬列の面々が目を覆うくらい さめざめと泣くでしょう あなたのその躰の分だけ空いた 空白を今度は誰で埋めようかと まるで迷子になった猫のように 夜毎泣くでしょう そしてちょうどいい具合の 男を探し出したら 今度は男の上で啼くでしょう 呼子鳥(カッコウ)のように ―――詩集「三弦の月」より

「天井」

わたしの ゆうれいは ぴちゃぴちゃ と 音を立て あなたの ゆうれいは ぴちゃぴちゃ と 音を立て 互いに貪り合うふたつの躰を見下ろしながら 天井で無花果を喰っている ふたりして わたしの ゆうれいは もう喰い飽きた と言い あなたの ゆうれいは もう喰い飽きた と言い 汗みずくになって寝床に伸びる身体に頬杖ついて 喰い残した無花果の身を放った ふたりして ―――詩集「三弦の月」より

「骨壺の唄」

カタカタ カタカタ と 揺れて揺られて笑ってる 猫の足元 骨壺の中 下弦月夜にぶら下がり 老いた三毛猫が欠伸をすれば カタ カタカタ カタタカタ 骨が笑う 骨壺の中 カタ カタタ 他にひとつの物音もしない 静まり返ったこの夜更け あまりに骨が笑うので あまりにあなたが笑うので あたしは喰ってやることにした 一口喰んで しゃれこうべ 二口喰んで 足の甲 三口喰んで 割れた上顎 はぐはぐ はぐはぐあなたを喰って 空っぽになったら ようやく眠れる いとしい いとしい骨壺抱

「深い深い森の奥で」

深い深い森の奥で 一本の樹が 倒れる 見ている者は誰もなく 聞いている者も誰もなく ただ一本の、森を貫く道は 呆気なく裂傷し、 その時君は 眠っていた その時僕は 俯いていた 深い深い森の奥で今、 一本の樹が 倒れた 横たわる樹の下に 裂傷した一本の道 誰もいない 誰も見ていない 森の奥で ただ一羽 今空へ垂直に 飛び立った、雲雀 のみ、 そのことを 知る 深い深い森の奥で今、 一本の樹が 倒れた ―――詩集「生活Ⅰ.」より

「地滑り ブレてゆく日常」

定規などでは計れない 日々生じる誤差を辿っては 何重にも描き直されるその 輪郭線 やがて互いに 重なり合い、打ち消し合い、 君が今 溜息をついた 君が今 嘲笑を口の端に浮かべた 君が今  ―――地軸がズレてゆく 君が 君がそこにいることで 私の地軸が ―――詩集「生活Ⅰ.」より

「夢の話」

穴を掘る 夢を 見た 見覚えはある けれど 名前を忘れた何処かの街の片隅 破れた金網をくぐって 忍び込んだわたしは 穴を掘る 穴を掘る 爪が剝げ、傷む指先にもかまわずに 穴を掘る 穴を掘る 掘る掘る掘る掘る掘る掘る 穴を 掘る その時、 手応えを感じて 覗き込んでみたら、そこに 君がいたよ にぃっと歯を剝き出しにして 笑ったまま固まっている 汚れた顔の君が そんな、 夢を見た 君の隣 で ―――詩集「生活Ⅰ.」より

「骨の髄まで」

適当に嘘をつき合いましょうか おたがいに 軋んだ歯車も 油を垂らせばまた 滑らかに廻ってくれる かも 適当に逸らし合いましょうか 矛先を 射てしまったなら今空を 飛んでいた筈の鳥がこのテーブルに ぽとり 堕ちて来るかも そんなわたしもあなたも 最期は ただの白く乾いた骨になるんだし あなたが先に死んだなら 骨は隣家の犬にしゃぶらせよう そうして骨に沁み込んだあなたの 嘘をすっかり喋らせよう わたしが先に死んだなら その時は仕方ない 三途の川を渡る手前でつらつらと あな

「果実の味」

記憶は 忘れてゆくものではないのだと とある詩人が書いていました 忘れられないものが記憶なのだと そうして降り積もって降り積もって 噛み砕いて味わって それが 人生になるのだ と 忘れてゆくということに 微かな罪悪感を覚えては 一度捨てた筈の荷物を握り直していた頃合いが いつの間にか いびつながらも 薄橙色の果実になって 白い皿の上 頬張ったら どんな味がするのだろう 目の前のこの 果実は ―――詩集「生活Ⅰ」より