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野菊のようなKさんへ

わが社の顧問であるKさんが、先週亡くなられました。まだ60代半ばでした。Kさんは私が入社した頃、私の部署の担当役員をされていました。大学を出たばかりの右も左もわからない生意気な私になぜか目をかけてくださり、とてもかわいがっていただきました。

Kさんはとても頭の回転が早く、楽しいおしゃべりが大好きな方でした。べらんめえ口調でしたが気持ちはとても細やかで優しく、「セノママ最近どうだ?仕事で困ったこと無いか?」と、いつも気にかけてくださいました。

本来は私のような若者が直接話せるような立場の方ではありませんでしたが、お言葉に甘えて仕事の悩みを聞いていただきました。Kさんは、時には私が働く事業所まで様子を見に来てくださいました。

そんなKさんが、ふとしたきっかけで社長になられました。

Kさんが社長になられてすぐの頃。取引先も交えた大きな集まりに、私もお手伝いで参加しました。Kさんは私の姿を見つけると駆け寄ってきて、「セノママ―、元気にしてたかー!」と声をかけてくださいました。

「もうー、私なんかに構う立場では無いですよ社長。皆さん見てますから、キリッとしてないと。」と私が言うと、そうか?と自席に戻っていくKさんの背中はすこし寂しそうでした。

その後も大きな会合でKさんを見かけると、彼はいつも人込みの中でぽつんと一人でいらっしゃいました。その姿は、とても寂しそうに見えました。私に気付いて目を合わせてくださってもそのまま無表情のKさんに、胸騒ぎのようなものを覚えました。

Kさんがアルコール依存症になったと、風の噂で聞きました。

数年後、社長を退いたKさんは会長になりました。その頃に会社の新年の集まりでKさんのスピーチを聞きましたが、マイクを持つ手が震えていました。しかし私の心配は、もう届くはずもなく。

先日、役員のMさんが私と面談をしに来ました。

その際、Mさんとパワハラのケーススタディーについて意見交換をしましたが、その中で「Kさんは会長から顧問になられたけれど、お酒のことであちこちに迷惑をかけているみたい。どうしたら、そんなことにならないで済むと思う?」と聞かれました。

その時、私の脳裏をよぎったのは、人込みの中でぽつんと一人だったKさんの姿でした。

「…偉くなることで、孤独になられたのではないかと思います。」「孤独が、酒量を増やしたのではないかと私は思います。」「孤独はいけません。会社の皆はチームなのだから、縦にも横にも繋がっていた方が良いと思います。」

自分でも驚くほど、口からスラスラ言葉が出てきました。たぶん、Kさんと距離を取ってしまった自分自身に言いたかった言葉なのでしょう。Mさんは、「そうか、孤独か。」と深く頷かれていました。

Kさんの訃報を聞いてからずっと、もっとあれしておけばよかった、これしておけばよかったと後悔ばかりです。私なんかが僭越だとは思いますが、偽らざる気持ち。

今、部下に振り回されている私を見てほしかった。Kさんはきっとカッカと笑いながら、「そういうもんだ!セノママがんばれ!」と言ってくれたことでしょう。感謝とともに、ご冥福をお祈りいたします。

大きい組織の社長だったのに、葬儀は家族葬で送られるそうです。本当は野菊のように控えめな性格だった、Kさんらしいなと思います。長年プレッシャーと闘って来られて、本当にお疲れ様でした。企業人の幸せって、何なのでしょうね。

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