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約束の記憶 第三章 4話

火曜と土曜に更新している小説ですが、明日が1日なので6月のメッセージをお伝えします。そのかわり小説を今日更新しました。

この物語はフィクションです。

ここまでのお話はマガジンからどうぞ↓
https://note.com/saorin11/m/me6fc5f2a8b10

『有沢恵が犯した罪』

あの日のことは1日たりとも忘れたことはない。

有沢恵は11年前、都内の総合病院で看護師をしていた。
当時39歳で婦長を務めていた。

年齢的にも妊娠をあきらめていたが、38歳で有沢と結婚し、40になるまでになんとか授かるために、妊活を頑張っていた。

ようやく妊娠できる準備ができた矢先のパンデミック。

全てを投げ出して、自分の体を守って家に篭っていたかったのに、それは許されなかった。

休みもなくただひたすら目の前のことに集中して数ヶ月。その時がきた。

ワクチンは絶対に打ちたくない。
でも妊娠していると嘘をつくことはできない。

結局上司の医師を脅して受けずに済んだ。

ここまではよかった。

この先私はどうすることが、よかったんだろう。

ナースステーションで片付けなければならない書類の山を横目で見て、ため息をついた。

「先輩、今いいですか?」

後ろから声をかけられて、ぎくっとした。
この声は‥後輩の山本双葉。

同じ看護学校だったこともあり、よく懐いてくれている。

「いいわよ。どうしたの?」

双葉は隣の席に座ってささやくように聞いた。

「先輩、妊活してましたよね?ワクチン打ったんですか?」

そうだった。
彼女がなぜそう聞いてきたのかも聞かずに、ただ受けたからあなたも受けなさいと言ったんだった。

「双葉ちゃんはどうしたいの?」

質問に答えずに質問で返した。

「私、来年結婚するんですけど、早く子どもが欲しくて。噂通りに子どもができなくなったら怖いじゃないですかぁ。私も彼も子どもが大好きで楽しみにしているから、ワクチン受けたくないんですよ」

そうだったんだ。
それを私は有無も言わさず受けろと言ってたのか。

ただ、彼女に受けないでいいと言ったら、全員受けたくないと言い出しかねない。
どう答えるべきか。

答えは一つしかない。

「ワクチンが不妊の原因になるかどうかはわからない。だけど、嫌だと思うなら受けなくていい。受けなければ勤務できないと言われるなら.辞めてもいいぐらいの気持ちがあるならね」

意外なことを言われてショックを受けているようだった。

「そうですね。彼ともよく話し合います。で、先輩は受けたんですか?」

なんと言おう。

一呼吸おいて言った。

「受けてないわ」

言えた。
この一言が絶対言えなかったのに。

とんでもないことをしでかした不安よりも、やっと言えたことの安堵感が胸の中を大きく占めていた。

このあとどうなるんだろう。
夢の中ならどうとでもなるわよね。

11年笑えなかった恵が、ふっと笑った。

つづく
(次回は6/5にUPします)

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