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約束の記憶 第二章 9話

小説の第二章 9話です。

ここまでのお話はマガジンからどうぞ↓
https://note.com/saorin11/m/me6fc5f2a8b10

一葉ともみじは歩きながら話が尽きず、あっという間に古民家カフェに到着した。

青森で二人で行ったカフェとは、趣が違っておしゃれな雰囲気だった。

今日はカフェはお休みで、もみじは明日の準備があると言って、忙しそうに動いている。

中に入ると、発酵食品やこぎん刺しの作品、青森のお土産物がずらりと並べられていた。

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「これは全部もみじさんが作ったの?」

「うん、私が作ったのもあるし、生徒さんが作ったのもあるの。お味噌もこぎん刺しも、作っていく過程が楽しいし、一つとして同じものはできないのが面白い。生徒さんたちが楽しんで作っている姿を見ているのもうれしい。こんなに幸せでいいのかな」

顔を赤らめて、しみじみと語った。

「いいに決まってるじゃない。それだけもみじさん、頑張ってきたんだよ」

「がんばってきたのかな。まだまだだけど、いいのかな」

もみじは手をとめて、目を潤ませながら、まっすぐな目で言った。

「もみじさんのおかげで、美味しいお味噌や醤油を作れるようになった人もいれば、趣味が増えた人もいるでしょ。人に楽しみを与えているんだから、幸せで当然じゃない。でもあんまり無理すると強制的に休めのサインがやってくるよ」

「休めのサインって?」

「身体を休めるために、体調が悪くなること。自動的に動けなくなるでしょ」
「なるほど。保育園で働いていた時は、体調を無視してたわ。無理してもなんとかなっていたけど、治るのも遅かった。最近は体調がおかしいと家族が心配するから、すぐ寝るようにしてるの」

「それが正解。あのまま働いていたら、本当に寝込むほどの状態になっていたかもしれないよ」

「うん・・・そうかもしれないね」

コーヒーを入れて、目の前の席に座った。
お盆にコーヒーを二つのせたままにしていたので、一つもらった。

「こうやってコーヒーを飲んだの覚えてる?」

どきっ。

「どこで?」

何が言いたいのかわかっているけど、わざとはぐらかした。

「青森で」

どきどき。覚悟はしていたけど、なんて答えようか迷った。

「ゆ・・夢の中でじゃないの?」

もみじがにやっと笑った。

「私も夢なのか現実なのかわからなくて、一葉さんに会えたら聞こうと思っていたけど、今のでわかりました」

え?え????なにかしくじった?

「どういうこと??」

「コーヒーどっちが自分のか聞かなくてもわかったでしょ」

あっそういうことか、それなら・・・

「いやだって、手前にあるのが自分のだって思うでしょ」

「それもあるけど、私のコーヒーを初めての人がみると必ず言う事があるのに、何も言わなかったでしょ」

ん?なんだ?
・・・・
あー思い出した!!

「一緒にコーヒーを飲んだことがある人は言わないから、やっぱりあれは夢じゃないんだ」

勝ち誇った顔をしながら、レモン入りのコーヒーを飲んでいた。
そう、もみじはエスプレッソにレモンを入れて飲むのが好きで、初めて見た時に、紅茶じゃないよね?と言った記憶がある・・・。

ばつの悪い顔をしていると、それを察したのか

「何か言えない理由があるんでしょうけど、一つだけ教えてください」

にこやかに笑っていた顔からいきなり厳しい顔つきに変化した。

「青森で過ごした1年間、私は子どもたちの存在を忘れていました。どういう仕掛けなのかわからないけど、子どもたちはいなかったし、存在すら記憶になかった。それを元に戻ってきた時に思い出して、とても悲しかったんです。一時でも忘れていたことを。忘れて津軽塗に夢中になっていた自分を恨みました。でも、時間が経つにつれ考え方も変わりました。子どもたちがいなかったから、あれだけ集中する時間が持てたし、あの1年の経験は宝になりました。ただ、どうしても気になることがあります」

「なんでしょう?」

「私が忘れていたことを子どもたちが知ることはないですよね?」

「それはありません。お母さんは眠り続けていたということしかわかりません」

「他の人の例を聞いてバレることもありませんか?」

「人それぞれ違うので、わかりません。安心してください」

厳しい顔つきから、やっとホッとして緩んだ顔になった。

「あぁよかった。それだけずっと気になっていたんです。母親に忘れられていたなんて知ったら、子どもたちが辛すぎです」

「そうですよね。申し訳ないです・・」

「いや、一葉さんのせいじゃないでしょ。謝らないでください。そういえば、翔くんは元気にしてますか?」

翔はもみじの保育園に通っていて、もみじの長男たくやと同級生だった。
「実は夫の勤務先が広島になって、地元だし実家に住むことになったんです。私はこっちで仕事があるから、別居生活で、翔は夫といて、しばらく会ってないんです」

「え!!そうだったんですか・・・。なんか聞いてすみません・・」

「いやいや、もみじさんが謝ることではないですよ。お話聞いてて、どうして私は一緒に行かなかったんだろうって。子どもより仕事をとって、ひどい母親だと思います」

「そんなことないです。きっと大切な役割があるからですよ。それを翔くんも理解しているはずです」

「そうなのかな…」

「もし一緒に広島に行ったとして、成すべきことができない不自由さに不満が募りますよ。なにより一葉さんに出会えなかった人たちの楽になる道が遠のきます」

思わず涙が出た。

「そうなのかな、そうだとうれしい。私のわがままだとずっと思ってたから」

考えないようにしてきたけど、ずっと心の中にあった息子への申し訳なさ。
おばあちゃんも父親もいて、食べることは困らないだろうけど、母親に裏切られた思いがないだろうか。自分より大切なものがあると、捨てられたような気持になって、心に傷ができていないだろうか。

子どもを置いてまで、大切なことってなんだろう。

もみじの話を聞いて、息子と重ねて感じた。
このミッションが終わったら、会いに行こう。
会ってから、これからどうするかまた考えればいい。

「一葉さん、なんか顔が変わったよ」

にこにこした顔でこっちをのぞいてくる。

「え?そうなの?」

「うん。スッキリした顔をしてる」

「もみじさんもキラキラしてるよ」

お互い褒めあって、可笑しくて笑った。

外はすっかり日が落ちて、夕焼けがまぶしかった。

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この後どうなるなんて、考えてもしょうがないから考えない。

こんなにすっきりしたのはいつぶりだろう・・・。


「ミッション終了」

遠くから聞こえた声。
誰のミッションが終わったの?

つづく
(次回は4/24にUPします)

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