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ぼくと神様の卒業式 #1

 ぼくはときどき、夢を見る。

 真っ暗な闇のなかにぼくはいて、光を求めて歩き回るんだ。すぐに見つかってほっとするときもあれば、歩いても歩いても暗闇しか現れないときもある。

 そして光を見つけたとき、ぼくは必ず“神様”とお話するんだ。

 神様は、まだぼくの言葉じゃうまく表現できないけど、すごくキラキラした光に包まれている。それはもう、そのまぶしさで思わず目をつむっちゃうくらいに。

 でもだんだん慣れてきて、ぼくは神様に話しかけるんだ。何てったって、神様とお話できるチャンスなんて、夢のなかでしかないからね。

 『こんにちは』

 『やあ、ぼうや。いらっしゃい』

 神様はいつものように優しい声と笑顔で、ぼくに話しかけてくれる。ぼくは、神様の前にぺたんと座って、ビー玉みたいに青いきれいな目をじっと見つめながら口を開く。

 『今日ね今日ね、授業中先生に当てられて、ぼく、ちゃんと正解言えたんだよ』

 『まあ。先生はちゃんとほめてくださった?』

 『うん!隼くん、きちんと先生の話聞いてたのね、って言ってくれた』

 『ふふ、よかったじゃない。きちんとお勉強していたおかげね』

 へへっ。

 ぼくは先生にも神様にもほめられたことがうれしくて、幸せな気持ちになった。

 『今日はお友だちとどんなお話をしたのかしら?』

 神様はいつもこんなふうに、ぼくに質問をしてくれる。ぼくも、その日学校であったことを誰かに聞いてもらいたくて、たくさんたくさん話すんだ。友だちと話しているときももちろん楽しいけど、同い年だから言えないことだってある。そんな話を、神様に聞いてもらうんだ。

 『あっ、そういえば今度翼くんのお母さんがね、翼くんの誕生日パーティーをやるんだって。ぼく、それにお呼ばれしたんだよ』

 『あらあら、それは楽しみね。隼くんはなにかプレゼント渡すのかしら?』

 『それが、なにをあげようかまだ悩んでて……。お小遣いがあまりないから高いものは買えないんだけど、そうしたらあげるものがなくなっちゃう』

 『そうねえ……。お手紙と、なにかちょっとしたお菓子を作ってみたらどうかしら?』

 『あっ、それいいかも!』

 ぼくは翼くんの顔を思い浮かべる。たしか給食の時間になるといつも、デザートを美味しそうに食べていた。きっと甘いものは大好きなはずだ。

 『じゃあ、今度お母さんに相談してなにか作ってみる!おいしく作れたら、神様にもプレゼントしてあげるからね』

 ぼくのその言葉に、神様はうれしそうにこくん、とだけうなづいた。その拍子に、ウェーブがかったきれいな茶色い髪がサラッと揺れる。そういえばぼくのお母さんも同じような髪型だったなあ、と今ごろ気がついた。

 『なに作ろうかなあ。そういえばぼく、お菓子作りってしたことないからいっぱい練習しなきゃ』

 『お菓子作りは難しいわよ、がんばってね』

 『うん、任せて!』

 とびっきりおいしいお菓子を作って、翼くんも神様もおどろかせてみせるんだ。

 そう胸を張った、そのときだった。




 ーがたん!



 突然聞こえてきた大きな音に、ぼくは目を覚ました。目の前に飛び込んできたのは、夢のなかに出てくるのと同じ、暗闇。

 さっきまでぐっすり寝ていたはずだったのに、ぼくの目はぱっちり開いていた。胸もどっくんどっくんっていってる。なんでかわかんないけど、変な、気持ち悪い気分になるような汗もかいてきた。

 ぼくはベッドから起き上がって、転ばないように周りのものにつかまりながら部屋のドアを開ける。するとかすかに、リビングの方から話し声が聞こえた。ぼくは階段をゆっくり降りて、忍び足で声がするほうへ近づいた。中に入る勇気はないから、扉のすみにそっと隠れて聞き耳をたてる。

 「だから何度も言ってるだろう」

 お父さんの太い声が聞こえてきたとき、ぼくの体がビクッと震えた。


 ーまただ。

 ーまた、お父さんとお母さんがけんかしてる。


 ぼくは思わず走って、自分の部屋に急いで戻った。ベッドに思いっきり飛び込んで、毛布を頭までかぶる。そのままぎゅっ、と耳をふさいだ。もう何回も同じことをしてるから、体が勝手に同じ動作をしてくれる。


 「……早く、終わらないかな」

 毛布のなかで、小さくつぶやく。声に出したほうが、誰かがその願いを叶えてくれる気がしたんだ。

 「早く仲直りしますように……。ううん、仲直りしなくてもいいから、早くあのけんかが収まりますように」


 

 

 そんなことをずっと考えて、何分くらい経っただろう。

 突然、バタン、とドアを強く閉める音がして、お父さんたちの声が聞こえなくなった。

 ぼくは毛布から顔を出す。そして静かになったのを確認して、ゆっくりベッドから起き上がった。ずっと毛布をかぶっていたから、少し息苦しい。ひとつ咳をして、音を立てないようにそっと部屋のドアを開けて階段を降りる。さっきと同じ場所に耳をくっつけてやっと、今日のけんかは終わりだ、とわかった。ぼくの心臓が、安心したように少しずつ落ち着いていった。


 ーごめんね。驚かせちゃって。

 ぼくは胸の辺りをそっと撫でる。

 ー神様、ありがとうございました。今日もみんな、無事でした。


 心のなかで神様に丁寧にお礼を言って、ぼくは部屋に戻った。

最後までお読みいただきありがとうございます✽ふと思い出したときにまた立ち寄っていただけるとうれしいです。