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【ショート・ストーリー】~声を聴かせて

好きになっていい人、悪い人というのが世間では決まっているらしい。

私の好きな人は、一般的には歓迎されない人。不適切、というのかもしれない。

私は、彼の言葉を聴く。そして、味わう。

脳がとろけそうになる。

彼の声は低くて、それでいて重くない。抑揚もちゃんとあって、響きがいい。

そんな彼の声を、こんな近くで聴けるなんて夢みたい。


ジリジリジリジリ・・。

チャイムの音が、私をふと現実に戻す。

「はい、ここテストに出ますよ。
では、今日はここまで」

ガタガタと、生徒たちが動き出す。

品のない彼女たちのおしゃべりが、
せっかくの彼の息づかいを書き消してしまう。


そう。

そのひとは、現国の先生。

長いまつげの瞳に射ぬかれると、もう私はその場から動けなくなる。

50分の授業なんて、一瞬だ。

もっと、もっと彼の声が聴きたい。チョークを持つ細い指先に触れてみたい。


ああ、こんな気持ちどうしたらいいのだろう。

視線を送ることしか、私には許されない。

だって彼は教師で、
私は大勢の中のひとりでしかないのだ。

「ねーねーセンセイってさ、彼女いるのー?年の割には若いよねー」

クラスのはすっぱな女子が彼に話しかけていて、私は息が詰まりそうにどきん、とする。

「あのなあ、そういうことより授業の質問に来いよ」

こういう時の声のトーンが、またいい。
親しみを残しながら、核心にはふれさせてくれないところ。

「あー、センセイごまかしたー」

キャッキャと彼を女子3人組が取り囲んだ。

うらやましい。でも、その中に入れない私が情けなかった。

「あ、そうだ、◯◯」

彼が、話題を変えるように私の名字を呼んだ。

3人組が、私を一瞥して面白くなさそうに離れていく。

「は、はいっ!」

どきん。

「えーと、確か放送委員だったよな。前の先生、産休で僕が担当になったから、昼休みに放送室で機材を見せてもらえない?」

どきん。どきん。

「あ・・わかりました」

ああもう。
なんでこんな返事しかできないんだろう。

喉が、からからだ。

「悪いな。じゃあ、待ってるから」

彼はリズミカルに教科書をとんとん、
とまとめて教室を出ていく。

「待ってるから。」

その言葉が何回も頭をめぐって、

ずっとずっと、
心臓の跳ねる音が止まらなかった。







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