ショート・ストーリー~ドーナツ・ガール
17時25分。
いつもはのんびり仕事をこなす彼が、今日はやけにペースがはやい。まるで彼の心臓の高鳴りが聞こえるようだ。
面白くない。
彼は最近彼女ができた。
総務課の、同期イチのモテ女子。私から見ても悔しいけど可愛い。
今日は彼女の誕生日。
いそいそと、フレンチのお店をネット予約していたのを知っている。
知らず知らず、コピーをする指に力が入る。
そう。
嫉妬だ。みにくい嫉妬。
同じ営業所に配属されて一年、新人研修も一緒に乗りきった。プレゼン資料作成を夜中まで手伝ったこともある。
彼の面倒は、指導係の主任より私のほうがやってきたくらいだ。
それなのに、知らないうちに
彼はちゃっかり恋愛してたというわけだ。
チラリと彼の方を見る。
さあ、あと10分で定時だ、と時計ばかり気にしているのが腹ただしい。
電話が鳴った。
電話応対は若手の仕事だ。私が電話をとると、彼は片手でゴメン、と合図をする。
「お世話になっております。はい、明日の10時にお届けですね。かしこまりました。ありがとうございます」
ニヤリ。
進軍ラッパを吹くように、私は声高らかに用件を告げた。
「課長。◯◯町の雪白さまが明日の10時に豆大福を50個納品してほしいとのことです。内のしで」
彼がギクリと振り返る。雪白商店は、彼の担当だ。
担当先の納品は、自分で用意しなければならないルールだ。
「おっ、50個ね。雪白さんありがたいなあ。ちょっと急だけど、明日までにちゃんと包装して、準備頼むね。俺と主任はいまから打ち合わせだから手伝えないけど」
「あ・・はい・・」
沈んだ彼の声。ざまあみろ。
50個の商品の包装をするには、慣れているスタッフでも2時間はかかる。
彼は手先は不器用なほうなのでそれ以上は必至だ。朝10時に納品なら、今夜残業してでもしてかえらなければならないだろう。
無情にも、定時を知らせるチャイムがなった。
「ごめん。手伝ってくれる?」
彼が包装紙を抱えて持ってきた。
しょぼん、としてあきらかに元気がない。
「いいよ。50個ね。私が包装はじめとくから、伝票書いたら?」
「うん、ごめん。ありがとう」
私は複雑な思いで黙々と、箱にのしをかける。
「じゃ、俺たち本社から直退するから。おつかれさま」
課長たちが出ていった。
カチコチカチコチ・・と時計の音が響く。
「ねえ」
私は、彼に声をかけた。
「今日、彼女誕生日なんでしょ。行きなよ」
彼はポカンと間抜けな顔で私を見つめる。
「え、でも雪白さんは俺の担当だし・・」
「私が包装はしとくから、明日朝早くきて納品書作れば間に合うよ。彼女の誕生日に私と残業じゃつまらないでしょう」
「えっ、でもさ・・」
「あーもう、はやく行け!」
「あっ!うん!ありがとう!」
彼は馬鹿丁寧にぴょこんとお辞儀をし、バタバタと出ていった。
カチコチカチコチ・・時計は、21時を越えた。
無心に包装しながら、私は涙が溢れてきた。
商品が涙で汚れないように、いったん作業を止める。
好きだったのにな。
同学年なのに弟みたいで、
世話をやくのが楽しかった。
いっしょに成長していくのが嬉しかった。
でも、それだけだ。
彼にとっては世話焼きの姉みたいなもんで、
恋愛対象ではなかったということだ。
彼女には、あんなにとろけそうな顔しちゃって。
「あーもう、バカみたい!おなかすいた!」
私は包装を終え、倉庫に運ぼうと
台車をとりに部屋を出た。
「よかった!まだいた!」
ゼイゼイと走ってくる彼の声。
「ごめんね、ぜんぶ任せちゃって」
まだ彼は肩で息をしている。
「どうしたの?フレンチ食べにいったんじゃ・・」
「いや、メシは食べに行ったよ。
でもやっぱ自分の仕事だし気になって、
会社に帰るっていったらアイツめちゃくちゃ怒りだして」
彼は頭をかきながら決まりわるそうに言う。
「俺も付き合えてうれしかったんだけどさ・・。
仮にも同じ会社にいるのに、そんな仕事ほっとけばいい、って言われてアタマ来てさ。
フラれたみたいで、俺」
はあ。
「んで、コレ今日のおわび」
彼が差し出したのは、ドーナツとコーヒー。
「え・・」
なんて言葉を返そうか、と迷っていたら
私のお腹がぐるぐるっと鳴り、
2人で、おもいっきり笑った。
ピリカグランプリの賞金に充てさせていただきます。 お気持ち、ありがとうございます!