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ショート・ストーリー~ One more time , one more chance

記憶というのは、いつになればきれいに消え去ってくれるのだろう。


つらい恋は、女を魅力的にするという。

私は魅力なんていらない。

他にはなにも望まない。

私はもう一度、彼の腕のなかに帰りたいだけなんだ。


神さまは、いるんでしょう。

これ以上、何をあなたに差し出せば

願いは叶うのですか。



いつでも 捜しているよ どっかに君の姿を
向かいのホーム 路地裏の窓
こんなとこにいるはずもないのに


昔二人で聴いた歌だ。


そう。私だってわかっている。

全世界捜しても、もう彼はどこにもいないのだ。


でも、捜してしまう。

右肩下がりの広い背中を見るたび、話しかけたい衝動にかられる。

彼ではないことは、知っているのに。


山の頂上付近の、急カーブ付近。

いつもの路肩に車をとめる。


毎月、ここに花を手向けにくるのが
私の欠かせない習慣だ。


私は、あれからずいぶん歳をとったが、

ここから何年も、心は動けずにいる。


私はいま、女として生きるのも辞めたくなっていた。


彼から褒められた、自慢の長い髪は手入れを怠けている。

白いものがまじり、艶はなくなった。

ここに来るときは、帽子で隠してくる。



こんな姿見たら、彼はきっと悲しむと思うから。


「ねえ、そろそろそっちに行こうかな」

ぽつりとつぶやいた瞬間、

突然ぴゅうっ!と強い風が吹いた。

「あっ!」

私はとっさに帽子を押さえたが、風に乗せられ、
崖野の下へと落ちていく。

「ああ・・落ちちゃった」

強い風は一瞬だけで、すぐに初夏の気持ちのいい風に変わった。

彼が髪を撫でてくれているようで

私はもうすこし、生きていける気がした。


※一部修正しました。


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