うそつき 店員の嘘
これは、ラジオドラマのシナリオとして創作している。物語は4部構成になっており、それぞれ「夫の嘘」「友だちの嘘」「恋人の嘘」「店員の嘘」というタイトルがついている。
すべて男性による一人芝居である。シナリオのため、情景描写ではなくト書きがある。音声のみを想定している。
これは、一人の女性にまつわる4人の男たちの物語である。「本当」の「嘘」は何か、誰が「本当」に「嘘」をついているのか、「本当」の「うそつき」は、誰か。
**うそつき 店員の嘘(最終回)**
(ハワイアンミュージックのBGMが流れる店内。だが、以下は独白。独白のなか、BGMはフェードアウトしていく。)
シュウ 『いらっしゃいませ、ワイキキカフェへ。』それが、僕がこのバイトで最初に習った言葉。うんざりする。けど、この言葉を言いたがるやつは、意外と多い。
最近、店舗数を伸ばしているチェーン店のカフェ。僕がここのアルバイト募集に応募したのは、単純に、通っている大学から近く、駅前なので利便性がいいからというだけだった。だけど僕がここのアルバイトに決まったというと、周りの人間は驚いた顔をする。やれ、あそこは顔が良くなきゃ入れないだとか、さすがだとか。僕は、なんとも思わない。くだらないことだ。
ここでは、店長含めた社員も名字ではなく名前に「さん」付けで呼ぶことになっている。外資系企業の真似事だ。僕の働く店の店長も、スタッフみんなから「ユミさん」と呼ばれている。
僕もシュウくんとか、シュウさんとか呼ばれる。名前で呼ばれるのは、本当は気持ち悪い。ネームプレートも自分で手書きしなくてはいけなくて、僕は自分の名前を秀でるのシュウと書いたが、本名はその漢字ではない。どうでもいいことだ。くだらない。他のスタッフの、ローマ字で名前が書かれたネームプレートを見ると背筋がぞくぞくする。
働くのは、どんな仕事もめんどくさいが、カフェでのアルバイトは、いろんな人を観察できるところが面白い、とも思う。
例えば、今入ってきたサラリーマン。40代ぐらいだろうか。どこにでもスーツとネクタイがあれば「きちんと」していると思っているTPOの感覚には驚かされる。ノマドワーカーを気取ってノートパソコンを開いた。何時間も居座るつもりだ。たるんだお腹が余計たるむぞ。もっと外回りしたほうがいいんじゃないのか。
ああいう見るからに自分に自信があるやつは、「こっちは税金払ってるんだ」とか言うタイプだな。「誰が養ってると思ってるんだ」とか。ただ、ああいう男と結婚する女のほうもしたたかで、おとなしいふりして影で不倫してるんだろう。男のほうはそうとも知らず、自分のほうがいつでも不倫できると思っている。でも、実際にはそのチャンスはない。自分を高く見積もりすぎてる。
あっちの若い男のほうが仕事はできそう。ジャケパンでかっこつけてる。こっちも女に偉そうな態度ながら、実は度胸がないタイプだな。自分から積極的に動くことはしないけど、チャンスがあればいつでも食いつく。ま、実際はそういう機会がない。肉食を装った草食動物。特に害はないけど、めんどくさいんだろうな。酔っ払うと説教くさくなって、当たり前のことを大声でしゃべって、それで自分には人望があると思いこんでるんだろう。実は周りにおだてられているだけのくせに。
今、入ってきたカップルは、あれは結婚してないな。30代ぐらいかな。いい歳して、男が責任持ちたくないんだろう。男はけっこうおしゃれだし、あの靴も、なかなかいいな。草食系に見えて、こっちの男のほうが実際には女にモテるんだろうな。彼女の尻に敷かれているのも、そういう風に見せておいたほうが楽だからか。頭も悪くないんだろう。でも性格が悪い。こういうほうが実際には何人も女に手を出して悪びれないんだよな。優柔不断でどっちつかず。女ははじめは優しくて気の利くいい男と思って近づくけど、気弱そうに見えるのは、ただ無責任なだけだ。ああいうのに近づく女は、見る目がない。ただ、まぁ押しを強くすれば結婚はできるかもな。
(店内のチャイム音)
シュウ (気だるそうに)いらっしゃいませ、ワイキキカフェへ。
あ、、、ユミさん、お友達いらっしゃいましたよ。
シュウ ユミさんの友だちの、さくらさん。
あの人に会って初めて、こんなにきれいな人がいるんだ、と思った。ユミさんもかわいらしい顔をしてるし、華があるから、人によってはユミさんのほうがタイプだという人はいるかもしれない。けど、さくらさんは、格が違う感じ。目鼻立ちの造形がいいのもそうだけど、そのたたずまいから、しっとりとした穏やかさを持っている。気品があって、誰にも媚びたりしない。優しそうだけど、じっと見ていると、ぞくぞくする迫力がある。僕と目があうと、にっこりと笑って、恥ずかしそうに顔を伏せるんだ。
さくらさんは、カフェに入るといつも温かい飲み物を注文して、窓際の席に座り、ぼんやり外を見ているかと思うと、バッグからノートを引っ張り出して、ずっと何かを書いている。何を書いているか、のぞいたことはないけれど、僕は、彼女は小説を書いているのだと思う。それは幻想小説で、この世界とは別の世界。彼女は、その世界では魔女で、真っ黒な塔のてっぺんに住んでいる。そして多種多様な魔物たちの群れを解き放ち、正義の味方ヅラした男たちから、自分のいる塔を守っている。そんな話を書いているに違いない。僕はそう思っている。彼女の目を見ればわかる。彼女は、この世界とは別の世界を持っている人なんだ。そして、待っている。地獄のような日々から、誰かに助け出してもらえることを。
そう、きっと彼女は、この世界に飽き飽きしている。僕と同じだ。いつも繊細な色使いのワンピースを着ていて、冬は薄茶色のダッフルコートに身を包んでいる。いつもの窓際の席につくとき、彼女はダッフルコートをそっと体から外す。それはいつも、春がこうして舞い降りるんだろうってところを再現した演劇のようなのだ。軽やかで、繊細で、風があって、どこまでも偽りだ。そうだ、彼女の存在は偽りのようなんだ。
彼女はいつも演じているように見える。店内に入ってきたときの仕草や、注文をするときの声や、席につく前に店内に与える一瞥も、まるでそれが儀式のようにいつも同じで、偽りだった。彼女はそうするしかないようだった。
彼女の左手のくすり指には、指輪がはまっている。それを僕は知っている。けれどそんなもので彼女は縛られていないことも、僕は知っている。彼女、さくらさんは、戦っているのだ。彼女から、あらゆるものを奪おうとしている薄汚い男たちと戦っている。僕にはわかるんだ。彼女の戸籍上の夫でさえ、彼女の敵だ。彼女は、その儀式的なふるまいをあらゆるところに持ち込んで、そして彼らの欺瞞をあざ笑い、彼らの無意識の毒を抜き取り、彼らにそっと教えてあげるだろう、彼らのつまらない嘘を。彼らがくだらない、愚かな、とるに足らない、「うそつき」だってことを。
(長い間)
あるとき、さくらさんは、ユミさんのいない土曜日にやってきた。外は雨が降っていたが、春が近づいてきているのか、気だるいなま暖かさがあった。さくらさんは、ユミさんがいないことを知っていたのだと思う。知っていてあえて、「僕に」、「ユミは?」と聞いた。思い詰めたような表情だった。僕が「今日は、ユミさんはお休みですよ」と答えると、なんだか安堵したような表情に変わった。
僕が注文を受け、値段を告げると、彼女は左手で小銭をトレーに置いた。僕は思わず、その左手のくすり指を凝視してしまった。いつもあった指輪が、なかったからだ。僕の目線に気づいたのか、さくらさんは、急いで左手を引っ込めた。そして恥ずかしそうに目で笑って、軽やかに窓際の席に向かっていった。カフェの店内には、ハワイアンミュージックが流れているはずなのに、僕にはその音が聞こえなくなり、春の近づいた雨がコンクリートの地面を打ち付ける、その日本の重い雨の音を聞いていた。
あの日から、さくらさんは、僕がいて、ユミさんがいない日ばかりカフェに来るようになった。
(長い間)
あるとき、彼女はいつものダッフルコートを着ていなかった。やっぱりワンピースを着ていて、長めのカーディガンを羽織っていた。春だった。通りの桜の木が芽吹き始めていた。いつも常夏の「ワイキキカフェ」だけど、さくらさんが春を連れてやってきた。それはボッティチェリのような甘ったるい春ではなく、頭が少しぼうっとする、桜の色と同じぼんやりとした柔らかでおぼつかない、霞に包まれたような、頼りのなく吹けば飛ぶような、日本の春だった。
さくらさんは、レジカウンターの内側にいる僕に向かって、まっすぐ歩いてきた。いつもの儀式のような仕草ではなく、彼女はいつもとは違う意志を持ってやってきたように僕は思った。彼女は、いつものように温かい飲み物を注文すると、僕を上目遣いで見つめた。「あ」と心のなかで僕は叫んだ。メイクがいつもと違うんだ。まぶたの上も、頬も、ほのかなピンク色で染まっている。うっとりするような目で僕を見たさくらさんは、なんだか含み笑いをするように微笑んで、そっとレジカウンターを離れた。
レジの仕事を交代して、店内のクリーンナップの時間になった。僕は、充分きれいな席のテーブルを、いい加減にダスターで拭きながら、時折、さくらさんの方を見た。すると、さくらさんは、慌てて目線をそらした。僕のことを見ていたのだ。僕が彼女から目線をはずすと、また僕のことを見ている。その視線を感じた。やはり今日は、彼女は僕に用があったのだ。
彼女は、僕がいつまでも彼女を救いに行かないことに、しびれを切らしたのに違いなかった。僕の心臓は、後悔の気持ちに押しつぶされそうになった。今まで、僕は何をしていたんだろう。どうして、本当にしなければいけないことから、逃げていたんだろうか。彼女のことを本当にわかってあげることができるのは、僕だけだってこと、僕は知っていた。彼女もそれをわかっている。なのに、僕は勇気がなくて、それができなかったのだ。彼女に自分の気持ちを告げること。
彼女は、僕が彼女のことをどう思っているか伝えたら、なんて答えるだろうか。そうだ、彼女は、今まで敵と戦うことばかりに夢中になっていたのだから、本当の愛に向かい合ったとき、なんて言うのか、戸惑うはずだ。敵の男たち、彼女から搾取しようとする彼らに対して、あざけりの気持ちで言っていたのと同じ言葉を、今度は違う意味を込めて言うんだ。やっと愛に目覚めた気持ちから、恥ずかしさの気持ちから、照れて「うそつき」って、そのかわいらしい声で言うに違いない。
僕は、意を決して、さくらさんに近づいた。心臓がばくばく言ってうるさい。でも、一刻も早く言わなければならなかった。今日しか、そのチャンスはなかった。
さぁ、言うんだ。僕が言わないとダメだ。彼女を救えるのは、僕しかいない。さぁ、言うんだ。今しかない。僕だけが、彼女を本当にわかってあげられるんだから。
(以下、独白ではなく会話)
シュウ (息を大きく吸って、吐き出しながら)
さくらさん、僕は、あなたのことが好きです。
(長い間)
さくら ・・・えっと、どういう意味ですか?私、あなたと話したことありましたっけ?どなたかと、勘違いされていませんか?
店員の嘘 完。
この話はフィクションです。全4話から構成されています。他のお話もぜひ読んでみてください。
さて、あなたは、なにが本当の嘘で、誰が本当のうそつきか、わかりましたか?あなたは、どんな嘘をつきますか?それは、本当に、あなたですか?
感想、お待ちしています☆朗読もご自由に!
それにしても、やっと終わりました。感慨深いです。エッセイも、小説も、全部、投稿したものは大切なんですが、今回のうそつきシリーズは、私にとって挑戦もたくさんあったし、不安もたくさんあって。でも、最終回がすごく納得いった形になって、通してみて、あ、面白くない?(面白いという意味)って、我ながら思えたので、やってよかったかなって。なんかいろいろ書きたいけど、それはまたエッセイ形式でまた別の投稿にします!
長編、読んでいただきまして、誠にありがとうございました!
あ、最後に、シナリオ形式と、また1人の女性を巡る人々の形式で、もっとシリアスなストーリーの構想がありまして、、時間はかかると思いますが、また書きます!公開できた際には、またよろしくお願いします。
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