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社会学と労働とアート

2022年9月からフランスの大学で社会学を学士1年生から始めた30代の人が書いています。2023年6月16日、ついに、社会学の中でも何をテーマに選ぶかが決まりました。
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選んだのは「労働」。修士まではまだ2年あるけど、これからは「労働の社会学」を関心のど真ん中に置いて留学生活を送ることにした。学士1年生とはいえもう30代だし、フランスでの生活をいつまで続けられるかはわからないから、なるべく早く自分が心から納得できるテーマが一つ欲しかった。社会学は扱う幅がとにかく広くどれも魅力的だから、目移りしたままだと借りる本の選択も論文の検索も一貫性が保てずもどかしく思っていた。

きっかけはベルギーの小さな美術館

2023年6月半ばにベルギーのブリュッセルを訪れた。アール・ヌーヴォーの建築が残る街並みや傑作ばかりの王立美術館はもちろん素晴らしかったけれど、私の心をもっとも捉えたのは「コンスタンタン・ムーニエ」という画家・彫刻家の小さな美術館だった。

コンスタンタン・ムーニエは19世紀後半に活躍したベルギーのアーティストで、労働者を主題にした彫刻や絵画を残している。ロダンに匹敵すると称されることもあるほどで、作品を間近で観ると労働者の過酷な労働環境や束の間の休憩のひと時の、表情や仕草を見事に表現していた。


フランス社会史で学んだ労働者の生活

学士1年生を通して様々な授業を選択した。経済思想、宗教社会学、人口統計学、メディアの社会学、EUの政治機構、差別、そして19世紀と20世紀のフランス社会史……。渡仏当初は仏メディアにもっとも関心があったけれど期待していたほど授業が面白くなく、予期せず興味を惹かれたのはフランス社会史、中でも19世紀〜20世紀前半にかけての労働運動や労働環境の変化だった。

影響を与えた2つの文章

遡ること4〜5年前に「労働法を根本から問い直す(原文タイトルはEt si l’on refondait le droit du travail…)」という記事をフランスの新聞、Le MONDE diplomatiqueで読んだこともきっと今回の選択に影響を与えている。当時はフランスでアルバイトした経験すらなかったけれど、日本のブラック企業で働いた経験から他国のことであっても労働に関する問題には自然と関心を持つことができた。

https://jp.mondediplo.com/2018/04/article806.html?var_mode=calcul

もう一つ挙げたい文章がある。歴史家のジェラール・ノワリエルが書いた「La lutte des ouvriers de Longwy contre la restructuration de la sidérurgie française (1979-1980)」という論文で、フランス社会史の授業で今年読んだものだ。そこには、工場閉鎖で仕事を奪われる危機に直面したり、失業中の労働者が労働組合や共産党の力を借りてストライキやデモを起こすまでの様子が書かれている。当時は現代のフランスのように大きなデモを起こすことは容易ではなく、人々を集結させ組織的に国家や企業のトップに対抗する流れを作り出す難しさがよくわかる。

フランス人の友人との対話

もし今の日本で、フランスで続いている年金改革反対運動のような大きなデモやストが起こったら社会は混乱するだろう。一方、フランスでは労働運動と共に生きることに市民が慣れていると私は感じ、この違いを友人と話したことがある。先生のデモ参加により急遽休講になっても誰も動揺せず、ストの影響で公共交通機関の便数が減ることは事前に公式からアナウンスがあるので、ある程度は対処できるようになっている。友人は今のフランスのデモの在り方について少なからず疑問を呈していた。このやり方で声を上げても政治家は止まらない。そんな大きな力に対して、市民の声を届け、社会を変えるには一体どうすればいいのか。

日本で働いた時間、フランス語学習の中で読んだ記事、フランスの大学の授業、そして友人と交わした会話がある美術館で出会った作品をきっかけに収斂し、今後の学びの軸になった。ずっと探していたけれど見つからなかったものが、全く意図せず訪れた場所で見つかったようで、諦めず想い続けて行動する大切さをまた知った。

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