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フランス留学:年の差と言葉遣い

 年の離れた日本人と留学先で友達になるとき、いつまでも敬語を外せない問題がつきまとう。水林章氏がフランスの雑誌「Manière de voir」に掲載された「Au Japon, un instrument de soumission」で書いているように、日本の「社会のヒエラルキーの構造はある種、言語の中に入り込んでいる(la structure hiérarchique de la société est en quelque sorte encastrée dans la langue)」。たとえフランスで初めて会ったとしても、日本語で話し出した途端、私たちは否応なく日本社会のルールの下で話すことになる。不要な上下関係を生み出さないためには、相手が敬語なら敬語で話し、タメ口ならタメ口で話すしかない。

 反対に、フランスで出会った日本人以外の友達との交流に言語が上下関係を生み出すことはない。フランスには「Tu」と「Vous」という2種類の2人称があり、前者は友人や家族など親しい間柄、後者は先生や仕事関係の人、年齢が大きく離れている人などに対して使う。バスで席を譲るときも使うのは「Vous」だ。10代後半でも20代前半でも2つしか年が違わない場合でも外国人の友人はみんな年上の私に対して「Tu」で話しかけ「Sao !」と呼び捨てにする。年齢によって言葉使いを変える必要がないおかげで、年齢による上下関係を感じたことは一度もなく、彼らは私を「同学年の友達」と見てくれる。最初こそ「え、3X歳なの」と驚かれたけれどそれ以降は日本の文脈で言うならお互いタメ口で遠慮なく話す関係になった。

 これが日本人の留学生となると話は違う。相手が敬語なら私も敬語にする、というのが私のルールだから、友達といつまでも敬語で話すことになる。たとえ私が「敬語じゃなくていいですよ」と言ったとしても、私たちに根を下ろした敬語の文化はそう簡単に変えられるものではなく、むしろそう提案したことで余計に話しづらくなるのではと切り出すのを躊躇ってしまう。敬語からタメ口に移行するためには多少の労力が必要だと思うから。

 フランス語では「Vous」を「Tu」に変えたら動詞の活用も変えなければならない。1人称単数、2人称単数、3人称単数、1人称複数、2人称複数、3人称複数で動詞の活用がそれぞれ異なり、Tuは2人称単数、Vousは2人称複数の動詞活用が当てはまる。VousからTuへの以降は、フランス語学習者にとっては言語運用の面で労力がかかるけれど、日本語において敬語を取り去ることは精神面での解放が必要になり、こちらの方が容易ではないと感じる。

 年下の方から私に「敬語で話すの面倒なんでやめてもいいですか」と言ってきた場合は、タメ口への移行がより簡単に思えるけれど、それもまた現実的ではない気がする。「年下から年上にそんなこと言っていいかな」と私なら思ってしまうから。巷には「カタカナ英語含めた英語禁止ゲーム」というのがあるけれど「敬語禁止ゲーム」と題していつの間にか敬語で話さない仲に私はなりたい。

 フランスに来て、年の離れた友達ができて思うのは、年の差友情というのは実現可能で留学生活の大きな支えになるということだ。一緒に授業やテストを乗り越える中で少しずつ相手に慣れていって、休日に遊んで、気づいたら遠慮しない仲になっている。

 「インスタ交換したね、じゃあ友達だね」と定義はできても友情を育むというのはある程度の時間が必要で、学校はそれを可能にする場所だ。全員が一からスタートする生活の一員になるのは、大勢の同期と始めた新卒入社の会社以来だったから実に十数年以上ぶりだった。そんなとき、下の名前で呼び捨てにして、友達同士ならTuで話すフランスの文化のおかげで私は一人だけ一回り以上、年上でもみんなとの間に壁を感じなかったのかもしれない。




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