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禅の道(四)典座教訓

道元禅師が著わされた「典座教訓(てんぞきょうくん)」は、禅宗において食事を準備する僧侶である「典座(てんぞ)」に向けた教えです。道元禅師は、食事を作るという行為を単なる調理作業ではなく、修行そのものと捉え、心のあり方や具体的な修行について詳しく説かれています。

「典座教訓」の重要なポイントは以下の通りです。

1. 素材への感謝と平等な扱い

道元禅師は、食材の質や種類にかかわらず、それぞれの素材を平等に大切に扱うべきだと説いています。高価な食材であろうが、粗末な食材であろうが、それらはすべて大自然からの恵みであり、尊重されるべきものです。食事の場面で「これが良い、これは悪い」と分ける心を持たないことが求められます。

2. 心を込める姿勢

料理を作る行為は単なる作業ではなく、修行の一環です。調理の過程で一つひとつの動作に心を込め、心を乱さず丁寧に行うことが大切です。たとえ簡単な作務でも、注意を怠らず、心を調えたまま行う姿勢が大切だとされています。道元禅師はこの姿勢を「三心」として三つの心にまとめています。

三心

  • 喜心(きしん):喜びの心 料理を作ること自体、そしてそれを通して他者に奉仕できることを喜ぶ心。日々の料理を心から喜んで行う姿勢を持つことが大切です。

  • 老心(ろうしん):母のような心 典座は、自分の家族に食事を作る母親のように、他者に対する慈愛の心を持つべきだとされています。相手の健康や幸福を思いながら、丁寧に食事を準備することが求められます。

  • 大心(だいしん):広い心 料理に携わる際には、どんな困難や雑事があってもそれに動じず、広い視野で取り組む心が必要です。日常の雑事に振り回されず、穏やかで安定した心を保つことが重要です。

3. 時間の管理と準備

典座には時間の管理も重要視されています。食事を作る準備は、前もって計画し、段取り良く進めることが求められます。無駄をなくし、効率的に行動しながらも、焦らずに心を乱さないよう努めるべきです。

4. 全体を見渡す知恵

典座は単に料理を作るだけでなく、全体を見渡し、他の僧侶や厨房の状態、材料の状況なども常に気にかけなければなりません。道元禅師は、心の広さや柔軟さを持ち、他者への配慮を怠らないことが大切だと強調しています。


実生活への応用

この教えは、現代においても深い意義があります。食事の準備や料理という日常の作業も、一つの「修行」として心を込めて行うことで、日々の暮らしがより丁寧で充実したものになります。また、素材を無駄にしない、忙しい中でも心を調えるという態度は、現代の私たちにも通じるものがあります。

失敗しても、その瞬間に戻り、落ち着きを取り戻すことが大切だと道元禅師は示唆しているのです。


朝のひとこと:食事の心を調える

道元禅師が「典座教訓」で説かれたことは、料理をするという行為も一つの修行であるということ。素材の善し悪しに関わらず、一つひとつの動作に心を込め、雑念を捨てて向き合うことが大切だと説かれています。

私自身も朝食を作る際、つい慌ただしく雑に扱ってしまうことがありました。ある日、急いで卵を割った瞬間、殻が中に落ちてしまい、結局時間がかかってしまうという失敗を体験しました。(今なら殻を殻で取ることを知っていますがその時は知りませんでした)

決められた時間に、食事を始められるようにするのが典座の一番大きな責任です。焦せれば焦るほどその時間が刻々と迫ってくるのです。
「あ~もう時間切れや、、、くっそ~」
その時、焦る心が結局自分の作業を乱していると気づきました。

今日も、どんなに忙しくても、目の前の一皿に心をこめて向き合ってみましょう。食事も調理も大切な修行の一環であります。


ご覧頂き有難うございます。
念水庵

上分三宝じょうぶんさんぼう
中分四恩ちゅうぶんしおん
下及六道げきゅうろくどう
皆同供養かいどうくよう

一口為断一切悪いっくいだんいっさいあく
二口為修一切善にくいしゅいっさいぜん
三口為度諸衆生さんくいどしょしゅじょう
皆共成仏道かいぐじょうぶつどう

いただきます。

衆生(生きとし生けるもの)への供養もこころを込めて行いましょう。慈悲とは「やさしいこころ」そのものです。

猫の一皿

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