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知らない街

地元で小洒落た催しが開かれていた。なんか素敵な街みたいになっていて、嘘つけ! と思った。

同日に大きな祭りが近くであったから、それに合わせた催事なんだろう。車道が歩行者天国になっていて、子どもたちがダンスを披露したり、雑貨や飲食のブースが並んだりしていた。
沿道では、会社の軒先で露店を開いていて、社長や社員たちに混じって思春期の少年が声を張り上げていたり、路地にいくつかの家族が集ってテーブルを構え、大人たちがビールを飲んでいるそばで子どもたちが思い思いにはしゃいでいたり、そんな光景の一つ一つに、いい人生だなあ、と勝手に嬉しくなった。
各町の神輿が集結していた。父親の姿もあり、俺が幼い頃は連れて行ってもらったりもしていたが、今でも元気に参加しているとは知らなかったので驚いた。
息子に踏み込まれたくない、というか家庭とは別の顔で馴染んでいる人間関係もあろうと想像し、遠くから写真だけ撮って帰宅後に送ったら、なんで声かけへんねんと返信があった。確かにちょっと不気味だったかもしれない。


ここ最近で、食事に出て祭りにバッティングするというのが二度あった。秋だ。

広い公園を散歩した。すっかり涼しくて気持ちよかった。
写真の塔は戦災者慰霊碑らしい。公園のどこにいても視界に入る。古墳の隣にある公園で、慰霊づくしの空間だなあと妙な感じがした。母親に見守られて自転車の練習をする女の子を見かけた。
この公園も地元にあるんだけど、こんなに素敵な街だったか? と不思議になる。一枚目の道を原付で走りながら、まるで京都とか金沢みたいじゃないかと思った。京都とか金沢みたいな素敵タウンではないはずなのだが……。
地元を離れてしばらく過ごしたせいか、なんだか別の街のように見える。俺は、あるいは誰もが、どんな街が好きというより知らない街が好きということに尽きるのかもしれない。

公園入口の庭。隅に写っているのは公園整備業者の方々らしく、同じ作業着を着た人をあちこちで見かけた。この写真のおじいさん三人は、花の手入れでもしてるのかと思ったら、座り込んで談笑していた。呑気な仕事だ。いやちょっと談笑しているのを見ただけで、恐らくは定年退職後も働いておられる方々を呑気と決めつけるのも失礼だけど、実際に呑気な仕事であってほしい。公園ってそういう場所なんだから。

敷地内には茶室や図書館の他に博物館もあって、そこで行われている、河口慧海の足跡を辿る展示を見た。常設展では市の歴史を紹介している。外国人団体客の姿があり、百舌鳥古墳群は数年前に世界遺産に登録されたらしいが、にわかに信じ難いが、世界遺産になったんだなあと初めて実感した。
目当てだった特別展にはさほど惹かれなかった。これは展示の質ではなく俺の問題で、高島屋別館での万博と仏教展に先日訪れた際にも自覚を深めたのだが、資料的な展示を面白がれる人間では自分はない。教養が足りないのか何なのか。目の前の資料を、資料以上の文脈に置いて咀嚼する回路が乏しい。
徒に好奇心が働いて、目だけが闇雲に動いた。仏教関係の資料より、慧海が修行の道中に収集したという鉱石や絵葉書なんかに始終心が留まった。あと、展示全体から浮き上がる慧海を取り巻く人間関係の豊かさに、とんでもないカリスマだったのだなという印象を抱いた。現代だったら金持ちに可愛がられて出資を引き出し学生起業とかしてそうな人に見えた。

博物館の地下階は体験コーナー。実際の重みを再現した甲冑なんかが設置されていた。
須恵器の壺や埴輪の模型に、バラバラになった表面を貼り付けていくいわば立体型のパズルがあって、それに没頭する外国人の男女がいた。二人とも口をきかず、黙々と別のパズルを解いていた。その隣で俺は一人で甲冑を被って自撮りとかしていて、なんだこの空間は、と思った。
他に客がおらず閑散としたなかにシャッター音が響き、照れた。


帰路に見かけた恐らくこの世で最もかわいいコインランドリー。
ここを見て思ったけど、最寄りのコインランドリーがかわいいって、物件の立地条件としてかなりの強みなんじゃないか。不動産屋はもっとアピールしていけばいいのに。コインランドリー(徒歩○分)とかじゃなくて、コインランドリー(かわいさ星○つ)みたいな感じで。


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