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海外ドラマは空前の多言語ドラマブーム。Netflix「1899」の多言語に対する吹替の試みが面白い

今、海外ドラマは多言語ブーム

今、海外ドラマは多言語作品がブームと言えます。多言語作品とは、ドラマの中に複数の言語を話すキャラクターたちが存在する作品を指します。

多言語作品が海外ドラマに多く生まれている背景は大きく二つあると私は考えていて「非英語圏作品の台頭」と「地域考証の進み」です。どちらも主にNetflixが生み出した潮流ですが、他の配信サービスも追随してきています。

世界各国のオリジナル作品を輩出するNetflix

Netflixが競合であるAmazonプライムビデオやDisney+と大きく異なる特徴に、各国Netflix支部によるオリジナル作品の強みがあります。オリジナル作品といっても本当にNetflixが出資・製作している作品もあれば各国TV局などが制作した作品をNetflixオリジナルというラベルで配信している作品もありますが、あまり今回の話においては重要ではありません。

重要なことはNetflixにおいては英語作品と非英語圏作品は比較的制作費やプロモーション待遇において分け隔てられなく扱われているという点であり、また本国Netflixが他国オリジナル作品を文化修正することは少ないということです。

もちろん技術的なクオリティチェックは行われているでしょうが、文化やキャスティングにおいて”ハリウッド化”されることなく制作されることが好まれるということです。

Netflixジャパンの坂本和隆氏はWiredによるインタビューで以下のように答えています。

「日本の土地や文化、社会背景だからこそ生まれるストーリーを強みにコンテンツ開発を進めていく」と、坂本は語る。日本らしさをストーリーに落とし込んだその先にこそ、グローバルヒットが生まれるというわけだ。

「わたしたちから見ると“普通”に思える風景も、ほかの国の人たちから見ると新鮮に感じられるかもしれません。『イカゲーム』も韓国らしい要素があったからこそ、グローバルでヒットしたと分析しています」

wired.jp より

その結果、Netflix では韓国発の「イカゲーム」、ドイツ発の「ダーク」、フランス発の「Lupin/ルパン」など非英語人気作品が多く輩出されています。

Netflixジャパンは韓国などに比べると出遅れている感はありますが、「今際の国のアリス」は十分に世界的にヒットしているといえる作品です。

多言語作品ブームの一つ目の背景としてのNetflixの「非英語圏作品の台頭」を紹介しました。

地域考証の進み

このNetflixの非英語圏に対するある種のリスペクトや積極的な取り込み姿勢は必ずしも他国制作の作品のみではなく英語作品にも活用されています。

古くから英語話者のキャラクターが世界各国を舞台に活躍することは映像作品において王道ですが、Netflixの強みは舞台となる地域の地域考証のレベルが高いということです。実際に現地のスタッフによる考証を行ない、実際に現地にルーツの近い演者がキャラクターを演じ、実際に現地で使われている言語をメインにキャラクターが話します。

古典的なハリウッド映画における非英語の扱いは、意味の通じない言語として瞬間瞬間にスパイスとして用いられますが、メインキャラクターは非英語圏のキャラクターであっても主人公と英語で会話することが基本です。また、必然的に非英語圏同士のキャラクターのやり取りが描かれるシーンは減り、作品全体としての英語の時間が担保されます。

しかし、Netflixオリジナルの人気作品「ナルコス」は主人公が英語話者キャラクターですが、作品のほとんど半分かそれ以上の時間はキャラクターがスペイン語を話します。ナルコスはアメリカ人の麻薬捜査官がパブロ・エスコバルというコロンビアの麻薬王を逮捕するまでの物語ですが、エスコバル側のキャラクターたちは常にスペイン語を話し、結局最後までエスコバルが英語を話すことはほとんどありません。

そして、このような複数の国を舞台にした作品がいずれかの国の言語に大きく偏ることなく複数の言語が用いられることは海外ドラマにおいて定番となりつつあります。Netflixでは前述した「ナルコス」や今回取り上げる「1899」、Appleによる配信サービスAppleTV+オリジナル作品では「パチンコ(韓国語/日本語/英語)」「テヘラン(ヘブライ語/英語)」などがあります。

元々、国際的な舞台の作品には魅力があり、それに対してできるだけ正確な地域考証を行なうというのが主な動機だったと思いますが、現在では複数の言語が飛び交うこと自体が一つの面白さとして扱われているような感触を受けます。

多言語作品の吹替問題

多言語というのはそれだけで面白さのある魅力的な要素ですが、一方で吹替という問題点もあります。

古典的な英語話者視点の作品においては非英語台詞は「理解できないことを話しているシーン=理解できなくても作品理解に影響があまりない」とされるか、もしくは一時的に字幕をつけることで対応されます。しかし、非英語シーンの割合は極端に少ないため特に問題になることはありません。

ただし、非英語シーンが全体のある程度の割合を占めてくるとそうはいかなくなります。基本的に多言語作品の吹替はオリジナル言語しか吹替されないことが多いため、実質的には作品の大部分を字幕を読まなければ理解できなくなってしまいます。つまり吹替を望む鑑賞者の希望は叶えられません。

1899は単言語作品としても多言語作品としても視聴可能になっている

しかし、Netflixの新作ドラマ「1899」は(おそらく)初めてこの多言語作品の問題を解決した構成となっています。

本作は大型客船に様々な言語圏の人々が乗船し事件に巻き込まれていくというミステリ的な構成を取った作品です。登場人物には英語/ドイツ語/デンマーク語/フランス語/スペイン語/ポーランド語/広東語などを話し、様々な言語が行き交うことが魅力的な作品となっています。ちなみにオリジナル言語は英語とされていますが、製作国はドイツです。

しかし、本作には吹替も用意されており、吹替版では全ての登場人物はユーザー選択した吹替言語を話します(英語吹替であれば全員が英語を話します)。

問題はこれにより吹替版では「お互いに言葉が通じない」という文脈が削除されるということです。

しかし、1899はあらかじめ多言語作品の吹替による問題を想定されて制作されていたようで、オリジナル版台詞(字幕版台詞)と吹替版台詞が異なっています。吹替版では前述したような「言葉が通じない」というニュアンスは全て削除されています。複数の言語の吹替で同様に対応されているので翻訳者による判断ではなく製作側から吹替用のスクリプトが用意された可能性が高いです。

具体例を挙げると、以下のような変更が見られます。(吹替版は筆者によるリスニングからの拙訳)

オリジナル台詞「(言葉が通じないニュアンスで)彼はなんと言ったんだ」
吹替台詞「何を訳の分からないことを言っているんだ」

オリジナル台詞「どうせスペイン語はわからない」
吹替台詞「誰もおれの言うことなんて気にしていない」

本作が非常に巧みなのは、台詞・行動・表情から「言葉の通じない」というニュアンスが削除された吹替版でも全く問題なく作品を楽しめるように設計されていることです。状況に困惑する様子などに上手く代替されています。

もちろん字幕版では多言語がいきかう趣きや、言葉が通じない中で人々が困惑する様子、そして言葉の壁を乗り越えて協力する様子など、全ての魅力を享受できます。しかし、一方で吹替を好む鑑賞者も問題なく作品を楽しめるように設計されているのは素晴らしいことです。長年の多言語作品における吹替問題という”足枷”に一つの解決策を提示できているのではないでしょうか。

一つ非常に残念なのは、日本語の吹替はないという点です。せっかく多言語作品として時代の節目となる試みをしているだけに、なぜNetflixジャパンが吹替を行わなかったのか理解できません。それゆえ日本語以外の言語ではこのような面白い吹替の試みが行われているということを少しでも多くの人に知って頂ければと本ポストを書きました。

最後までお読み頂きありがとうございました。


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