チキンカレー弁当

付き合う女にはカレーは作らせないことにしている。

若い女が世話を焼こうとして料理を作るのを眺めるのは楽しいものだ。「男のために料理をするいい女」という自分に酔い痴れている女は口説くのも簡単だ。そういう姿を見て可愛らしいと思えるようになったのは、トシのせいかもしれない。

だから女が料理をすることは歓迎できる。
しかし、カレーだけは作って欲しくなかった。欲しくなかったのに、帰宅したら最近付き合っている女がカレーを作って待っていたのだった。

-カレー、嫌いだった?

彼女が私に問う。
カレーが嫌いなわけではない。むしろ好きな部類だ。
席に着く。スプーンを握る。カレーを口に運ぶ。味わう。うまい。

何の問題もない。彼女の作ったカレーを私はちゃんと美味いと感じることができる。

チキンカレーを手羽元で作るのは好感が持てる。食べ応えがあるし良いダシが出る。ユイの作るカレーもそうだった。

タマネギは姿は見えないがたしかに甘さとコクを出している。おそらくみじん切りにした後、丁寧に飴色になるまで炒めたのだろう。サトミと同じやり方だ。

ニンジンは輪切りにして面取りしている。煮崩れ防止のための手順をちゃんと踏んだらしい。マリエに比べると仕事は少し荒く見える。

ローリエをホールで使うのはハルカと同じだが、ハルカはセロリは入れなかった。セロリを入れるのはナオコだったが、ナオコだったら筋取りもちゃんとしたことだろう。

福神漬けではなくラッキョウを付け合わせているのは、今までだとミサくらいしか居なかった。

カレーを見ると一人一人思い出す。思い出してしまう。

若い頃は、いつか自分の理想のカレーを作ってくれる女が現れると思っていた。
だが違った。
回を重ねるごとに、経験を得るごとに、理想に近づくのではなく、「コレジャナイ」だけが増えていく。
新しいカレーと出会うたび、嫌いなカレーが増えていく。
自分の果てしない無い物ねだりと、そのせいで失ってきたものの積み重ねが私を苛む。

付き合う女にはカレーは作らせないことにしている。
今付き合っている女のカレーが、今までの自分を糾弾し、未来の自分に呪いをかける。だからカレーは嫌なのだ。

彼女のチキンカレーは美味しかった。残った分は明日の弁当になるという。カレーを弁当にされるのは初めてだ。

この女と別れたら、カレー弁当も嫌いになるのかもしれない。そのことを思うと、また少し憂鬱になった。

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