笑わせてくれた人たちに

 さいきんチマチマと、これまでのM1グランプリを観るなどしている。
 というのも少し前から、時間があるとすぐにYouTubeを開いて、霜降り明星のチャンネル『しもふりチューブ』を眺めていることが多くて、そういう縁でいつの間にか霜降り明星の二人が大好きになっていた。(おすすめの回はワンピクイズ回。ワンピースを知ってる人間なら腹がちぎれるほど笑える)

 あるときになってふと、そういえば霜降り明星の芸風もネタもそこそこわかっているのに、肝心の漫才をしっかり観た覚えがないということに気付いた。この方5年ほどテレビを観る生活を放棄しているので、ほんとうに芸人というものを生活の中で見なくなった。そういうわけで、霜降り明星が優勝したM1グランプリ2018を観ようという気になった。

 泣いた。もうバッチバチに泣いてしまった。優勝が決まったとき、あれだけ多才で頭の回るせいやが言葉を無くしてひたすら「やったやったー!」と叫んでいるところで泣いた。粗品が「母ちゃんと父ちゃんに感謝したいです」と目を潤ませているところで泣いた。(しもふりチューブを観ていたおかげで、粗品が早くに父を亡くしていることを知っていたので余計に泣いた)
 泣きながらもう一周、霜降り明星の漫才を観てしっかり泣いて笑った。優勝シーンでまた泣いた。

 そんな調子で、アンタッチャブルが優勝した2004年の回、笑い飯が9年連続出場の末に“最後のM1”で優勝を飾った2010年の回なんかを観た。私の世代ではもう漫才している姿を見られなくなったような大物芸人の、漫才師としてのかがやきを目の当たりにして、笑いながら、笑わせられながらどうしようもなく心を揺さぶられてしまう。

 これまでさほど、お笑いというものに関心を持ってこなかったけれど、今頃になってようやくその難しさというか、構造の妙を思い知っている。(私はだいたい、気付きのスタートダッシュが遅いのでこういうことになる)

 些細なことで人に笑われることは日常的にあっても、笑いを作る・構成することは高度な技術だ。どんなものを語るか、どのように語るか、誰が語るか。それは普遍的な語りの構造に通底している。急に私がこれまでいた世界にお笑いというものの構造としてのおもしろさが接続されて、私の情緒と好奇心がてんてこ舞いになっている。こういう伏線回収みたいなおもしろさのために、雑多なものを摂取しているのだと、そういったおもしろさに直面するたびに痛感する。

 語りの芸と言えば落語を差し置いて語れない。漫才と落語が決定的に違うのは、役割に対する語り手の立ち位置なんじゃないかと思う。(もちろん、落語がひとりで語るのに対して漫才は二人で掛け合うものという違いもある)

 落語は役割に入るとき、すっと語り手自身が身を引くように役の後ろ側に入っていく。もしくは役割の皮を被るように、憑依する。
 それに対して漫才は、役割の前に漫才師自身のキャラクターが残る。オードリー春日は春日のままだし、トムブラウンみちおはみちおのままだ。作品と作家は切り離して語るべきだみたいな話があるけれど、漫才はごく自然にネタと漫才が繋がれている。ネタごと漫才師を好きになることを許されているような気がする。

 そんなわけで二〇二二年十二月十八日は、私にとって漫才を意識するようになってはじめてのM1だった。ウキウキしながら実家のテレビで敗者復活から通しでM1を観た。

 ななまがりの敗者復活を願いつつ、裏腹にラストイヤーの金属バットに行ってくれと祈り、オズワルドの決勝進出に順当だろうなと納得もした。(敗者復活で一番笑い転げたのはダンビラムーチョで、一番完成度が高かったのがビスブラだと思っている。敗者復活の舞台でよりによって大阪ローカルネタをぶちこんできたハイツ友の会の胆力はもっと評価されていい)

 本選は真空ジェシカを応援しつつ、トップバッターだったカベポスターの面白さに感心して、キュウの本選でも変わらない空気感に終始ニヤニヤしていた。(優勝はロコディか男ブラのどっちかだろうと確信していたので、正直結果はしばらく腑に落ちなかった。2ヶ月くらい経った今になってようやく、納得しようとしている)

 つい数ヶ月前までろくすっぽ漫才を履修していなかった人間がこの有り様である。直近はミルクボーイの2019年の回を見て、アナザーストーリーでしっかりと泣かされた。

 漫才を知るほど漫才師が好きになって、漫才師を知るほど漫才が好きになる。いい循環の中で笑って泣かされている。

 漫才師は私たちを笑わせようとしていて、我々に向けられた「笑わせよう」という試みは、けっこう愛なんじゃないかと思う。ひとが嫌いだとこれは難しい。私たちはそれを受け取って、笑いを返す。この関係性は平穏で愉快だ。漫才師のやりとり、掛け合いの中にもそれを垣間見る。

 画面の向こう側まで受け取った笑いを返すことができないことが寂しいので、真夜中にこんな文章を書いた。めちゃくちゃに笑いました。ありがとう。

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