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さんぽ絵日記 黒崎の鼻
私はどちらかというと風景において、大自然の造形というよりは人々の暮らしの見える景色が好きだ。ちまちまと細い道の先の空や階段から細切れに見える海を見て、そこに暮らす人とすれ違うようなさんぽが好きだ。
だから、黒崎の鼻と呼ばれている三浦半島の岬の風景にそこまで惹かれていた訳ではなかったのだけれど、一度くらい行ってみようかな、と京急の終点、三崎口駅から歩くことにした。
ちなみに、地元の人は知っていると思うけど、三崎口駅をよく見ると、口の前に小さく「マグ」と書かれていて、三崎マグロ駅、になっている。遊び心ににんまり!
黒崎を目指し、まっすぐな農道に入ってすぐに心を掴まれる。大好きな三崎の風景、一面のキャベツ畑がびっくりするくらい広い。正面にはまだ雪をかぶった富士がでんと居座る。
広いのでなかなか目的地は近づかないけれど、ひたすら進む。春キャベツの収穫も終わりに近づいた頃だろうか。あちこちで農家の方が作業をしている。夏に向けてはかぼちゃとスイカが見え、トンネルをかけたり、つるを切ったりしているようだった。
岬への入り口は笹薮がこれでもかと茂っていて、知らなければ道を間違えたのではないかと思うほど細い。踏み跡のけもの道に沿って進むと、道は下り、背たけを越していたササが途切れると、突然青い海に輝く波が一面に見える。
下の方には黒い岩場と、大粒の砂の浜が見えるのだけれど、背の低いササの中の細いけものみちをたどることしかできないので、なかなか海へは近づけない。踏み跡はところどころで分かれたり、交差したりしながら続き、先へとたどっていくと最後は黒い岩が反り返った崖になって行き止まる。ここが黒崎の鼻であるらしい。
なんて明るいんだろう。初夏にここを訪れることができてよかった。一面の黄みどり色の野原は、今にもむくむく成長しそうなエネルギーに溢れている。
来た方向を振り返ると、丘の上にへばりつくように家が一軒見えるほかは建物は見えない。明るい日差しと、強い風の吹き付ける場所。生えている植物も海辺らしく、ハマエンドウとハマヒルガオの花。ミヤコグサ、コウボウシバ、ハマボッス、アザミ。ワレモコウの葉っぱらしきもの。それらが風に吹きさらされて縮こまったようにひとつの丘をなしていて、一見すると何もないように見える。
とりあえず、足下の一等地に思えた小さな芝の広場に寝転んでみる。見えるのは海と草原だけ。それがこんな都市近郊の地では貴重で贅沢なことなのだ。
三浦半島も最近どんどん開発が進んでいるように感じるけれど、余白といえる場がそれでもまだまだ残っているのが素敵だ。農地もしかり。のどかな田園風景があること、そのものがこのあたりの価値だと思う。農家を続けていくことが大変なのであろうことは想像できるけれど、畑がこの先もっと価値あるものになるはず、だからこの風景がなくならないで欲しいと思う。
この日はこのあと海沿いをずっと歩いていく予定だったけれども、思いの外何もない明るい日差しが気に入って、スケッチをしながらのんびり長居をした。海と丘を描こうとスケッチをはじめたけれど、結局一枚では収まらなくて、もう一枚左に紙を継ぎ足してみたけれど、それでも無理やり収めたほどに、明るい緑の丘は細長く伸びていた。
息子は持ってきた釣り竿で遊んでいる。ここは釣りのポイントとしても有名らしいけれど、一見の釣り人に釣られるほど魚ものんびりしてはいないようで、しばらくすると「ぜんぜん釣れないよー」と戻ってきた。単に腕の問題だろうけれど。
帰り道は北側の斜面から海沿いに戻ると、ハマカンゾウのオレンジ色の花が咲いていた。先には河口の防波堤が見えて、この辺りではたくさんの人が海遊びをしていた。看板の忠告に従って防波堤へはいかずに山を越えて道路へと戻る。
と、ここからはあっけなく普通の田舎の生活圏に戻ってきた。でもこの先に広がっていた黒崎の鼻の手付かずな雰囲気はびっくりするくらいなのだ。多くの人がここをまた訪れたくなるのもわかる気がした。
実はこの付近は戦時中は軍事施設などもいくつかあったようで、そういう史蹟も丘の中には残されているらしい。今回はそこまで踏み入らなかったけれど、いつか機会があったらまた来てみよう。
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