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鹿島槍天狗尾根遭難を総括する(遭難)(原文)⑰

学習院大学山岳部 昭和34年卒 右川清夫

(3)新雪表層雪崩に巻き込まれたのが原因とわかれば、それで良い?

 遭難の原因については、「輔仁会雑誌178号の報告で新雪表層雪崩が原因だとしているので、それで充分だ。それ以上解明する必要はない。」という主張を含めて、これがわかっていればもうそれで良い、との主張が繰り返されてきた。

 しかし、それでは、事故にあたって、“車にはねられたのが原因”、“飛行機が墜落したのが原因」・・・というのと同じで、無意味である。 原因の解明が必要なのは、同じような事故を繰り返さない、再発防止がその目的だからである。 “誰がどのように車で人をはねたのか”、“その飛行機はなぜ落ちたのか”が解明されなければ、再発防止にはつながらない。

 この遭難では、リーダー、サブ・リーダーとも地形、気象と雪崩の関係から雪崩の危険性を予知する基本的知識を欠いていた。 実際にテントの周囲では雪崩の危険性がほとんど必然とも言える状況であり、積雪が落ち着くまでは行動してはいけなかったのである。 雪崩を警告する赤ランプが点滅しているのを無視してテントを出発したことで、そのまま遭難に巻き込まれてしまったのである。

 単に“雪崩に巻き込まれたのが原因”というだけで終わっていたのでは、地形、気象状況による雪崩の予知などは、検討もされないままに終わる。 再発防止のためには、徹底した原因の解明は不可欠なのである。

 東北大地震の際の大津波による災害に、原子炉事故がある。 当時、マス・メディアによって、1000年に一度の大津波という自然災害の側面が強調されていたために、それが同時に人災でもある側面が軽視されていた。 事故の責任追求などと言おうものなら“人でなし”と罵られるような状況が続いた。 その後、10メートルを越える大津波の予知は可能であり、原子炉についてもハードルをもっと高くすることが出来たはずだとの見解が明らかにされ、国、東京電力の責任が正面から問われるようになったのである。

 この遭難も、雪崩の予知が充分に可能であったことを考えれば、不可避の自然災害とは言えない。 登山での遭難は、表面を見ているだけでは自然災害のように見えていて実は人災である場合が少なくない。

 人災の側面を見ることによって初めて真の原因が解明され、そこから学ぶことで遭難の再発を防ぐことが可能になる。 “新雪表層雪崩で遭難しまた。”で終わっていては、その奥にある原因は解明されないままで、再発防止など永遠に不可能になる。

「鹿島槍天狗尾根遭難を総括する(遭難)(原文)⑯」から

「鹿島槍天狗尾根遭難を総括する(遭難)(原文)⑱」へ

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