考える葦、でありたい
ふたつのツイート
明日(12月16日)の朝だよ、見てね。
Twitterで古谷経衡氏をフォローさせてもらっている。
猪瀬直樹先生、半藤一利先生、佐藤優先生、は私も大きく首肯するが、田中康夫氏、また舛添要一氏の両名は現在どういった活動をし。何を論じているのかが不明である。一時期の日本を動かした人たちだけに近況を知りたい。ところて、ダースレイダーて誰?木村草太先生を忘れてないか?
保阪正康
さて私は先日の朝、地方紙を広げたら保阪正康氏の寄せた記事があり、さっそく読んだ。「真珠湾攻撃、秘密主義の結果」と題した小文なのだが、保坂氏が小学生の頃に「戦争」に触れたいきさつとその後の研究、そして真珠湾攻撃が日本のアメリカに対するだまし討ちだった事の経緯と私論をざっくりと要約したものだった。
記事を噛みこなしてみると、保坂氏が小学生のとき、教師に「日本は悪い国でした。アメリカは正義の国です」と教えられ、子供心に驚いたこと。その後、南方戦線から引き上げてきた教師が、時折、窓の外を見てぼんやりとし、時に涙を流していた話。そんな少年時代を過ごしてのち、太平洋戦争の実相を調べ始めたとの氏の歩みがあって、その上で真珠湾攻撃と開戦の関係を再度考えていく。時間軸の中では「日本の無通告による攻撃」とされているこの真珠湾攻撃なのだが。何がずれてしまったのかと問うている。それは真珠湾攻撃の時刻と同時でなければならないはずの宣戦布告が、別面で、国交断絶の文書を米国にわたすのに「事務が手間取り」結果として遅れてしまったという事実がある。と言う事だ。そうして保坂氏はこの背後要因について分析する。すなわち軍事指導者の秘密主義が一方にありもう一方では外務省本省と在アメリカの大使館の時局認識の相違が挙げられるとしている、「有り体に言えば緊張感がまるで欠けていたのである」つまり「戦争という国策が(軍部、外務本省、大使館で)一体化していないのだ」そしてひいてはこの国の官僚たちの無責任体制が浮かび上がってくる、と断言している、
太平洋戦争開戦に至る緻密な研究と照査は、私が尊敬してやまない猪瀬直樹先生の「昭和16年夏の敗戦」に書かれているし、猪瀬先生の新刊「公」でも官僚の果たした役割とその功罪について、詳細に書かれていると注釈つけておきたい。いずれにせよ、保坂氏もこの国の官僚主義については、厳しい批判的な見解をお持ちのようだ。
こうして日本近代史、特に国難ともいえる太平洋戦争を研究している秦郁彦、半藤一利両氏を推す古谷氏には、この保坂正康氏も加えていただきたいと思う次第であるが、まずは古谷氏おすすめの一冊、秦郁彦「南京事件」を読もうではないかと、さっそくAmazonをポチる今日のオレであった。
ここに挙げた作家、歴史家、評論家の足下にも及ばないが、私もまた、目前に広がる社会と我々が歩んできた歴史を、ひとりの人として、常に考える葦でありたいと思う。
ではまた。