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【相続・交通事故】人身傷害保険金の死亡保険金は相続財産に含まれるか?(その2)

 以前、人身傷害保険の死亡保険金が相続財産に含まれるか、という内容の記事を掲載しました。

 この記事を書いた時は、平成22年の保険法改正後の保険契約について、この問題を取り扱った裁判例は見当たらなかったのですが、この度、福岡高裁令和2年5月28日判決、というものがあることを知るに至りましたので、ご紹介します。



福岡高裁令和2年5月28日判決の事例

 この裁判例の事例を簡略化すると、次の通りです。

・Aが自動車運転中の自損事故により死亡。
・原告Xらは、亡Aの妻子。
・Aは損害保険会社Yとの間で、自動車保険契約を締結し、その特約として人身傷害補償条項(いわゆる人身傷害保険)有り。
Xらは相続放棄をした
・XらがYに対して、人身傷害保険金の請求をした。これに対し、Yは、Xらが亡Aの相続を放棄した以上、Xらは人身傷害保険金の請求をなしえない、として争った。


何が争点なのか?

 人身傷害保険の約款では、被保険者が死亡した場合、被保険者の法定相続人が保険金請求権者であると定められていることが一般的です。
 裁判例の事案でも、約款の中で人身傷害保険の「保険金請求権者」が誰であるのかについて

① 被保険者(注)
② 被保険者の父母、配偶者または子
(注)被保険者が死亡した場合は、その法定相続人とします。

と定められていました。
 上記注意書きとの類似規定がある生命保険では、生命保険金は、保険金請求権者の固有の権利であり、相続財産には含まれない、と解されています。
 そのため、人身傷害保険の死亡保険金も、生命保険金と同様に相続財産に含まれないのか死亡事故における加害者に対する損害賠償請求権のように相続財産に含まれるのか、が争点となっています(なお、この裁判例の事案では、Xらが相続の単純承認をしたかどうかなども問題になっています。)。


裁判所の判断

⑴ 結論:人身傷害保険の死亡保険金は相続財産に含まれる

 裁判所は、この事例においては、という留保付きですが、人身傷害保険の死亡保険金は相続財産に含まれる、と判断をしました。
 したがって、相続放棄をした場合、その法定相続人は、人身傷害保険金を請求することができない、ということになります。
 理由は次の通りです。

⑵ 理由①:保険金請求権は填補すべき損害が生じた主体に帰属すると解するのが約款解釈上自然

 裁判所は、まず、

・約款の定めによれば、本件契約の人身傷害補償条項は、被保険者に生じた損害をてん補することを目的としている。
人身傷害保険の保険金額は、本件契約上、生じた損害の額に即して定まる(生命保険のように定額ではない)。
   ↓
人身傷害保険の保険金請求権は、てん補すべき損害が生じた主体に帰属するものと解するのが自然

と述べています。
 この部分の結論を簡単に言うと、人身傷害保険の死亡保険金も、死亡事故の損害賠償請求権と同じように、交通事故の被害者に帰属するものと解釈しよう、ということを言っているのだと考えました。

⑶ 理由②:定義規定の注意書きは単なる付加的・注意的な規定

 本件事例の約款では、「(注)被保険者が死亡した場合は、その法定相続人とします。」と、生命保険と同じような文言が定められていますが、裁判例は、この文言について、

 この記載は、被保険者が死亡した場合は、保険金請求権が相続によって承継される旨を、一般の顧客に対して説明する趣旨で、付加的、注意的に述べたもの

と解釈しています。

⑷ 理由④:本件人身傷害保険の性質は傷害疾病損害保険

 裁判所は、本件死亡保険金請求権は、傷害疾病損害保険契約に基づくものと分類される、と解釈しています。
 なお、保険法は、傷害疾病損害保険契約の定義について次のように定めています。

(定義)
第二条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
 七 傷害疾病損害保険契約 損害保険契約のうち、保険者が人の傷害疾病によって生ずることのある損害(当該傷害疾病が生じた者が受けるものに限る。)をてん補することを約するものをいう

 そして裁判所は、保険法上、損害保険契約において、被保険者(=交通事故で負傷・死亡した人)以外の者が保険金請求権者となることは想定されていない、と判断しています。
 すなわち、被保険者以外の者である法定相続人が、自己固有の権利として保険金請求権を取得するものではない、と述べています。

まとめ

 以上のように、福岡高裁令和2年5月28日判決は、

人身傷害保険の死亡保険金は相続財産に含まれ、相続放棄をした相続人は保険会社に対して同保険金を請求することはできない

という結論を導いています(もっとも、本件では、単純承認が認められた相続人がおり、その相続人の保険金請求は認められています)。

 この問題を取り扱った最高裁判例やほかの高裁判例は見当たりませんでした。
 よって、損害保険会社の実務でも、しばらくはこのように取り扱われるのではないかと思います。
 私も、本件と同様の事案について保険会社から相談を受けた場合には、この裁判例を引用してそのように回答するつもりです。

 今回の記事は以上です。
 割と複雑な内容を取り上げてしまいましたが、ご理解いただけたでしょうか。

 もし私にご相談いただけるようであれば、下記リンクを通じてご連絡ください。オンラインでのご相談も承っております。



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