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【交通事故】従業員が自ら支払った賠償金を会社に求償請求できるか?

【事例】
  Y運送会社の従業員Xさんが、業務中に物損事故を起こし、被害者Zさんに100万円の損害を被らせてしまいました。
 契約更新時の不手際により、本件事故発生時にはY社の任意保険契約が切れてしまっていました。
 Xさんは、やむなくZさんに対して100万円を支払いましたが、この100万円をY社に対して支払うよう請求(求償請求)することができるでしょうか。

1 会社は従業員が起こした事故に関して賠償義務を負うか:民法715条1項

 先日の記事で解説しましたが、交通事故を起こしてしまった場合、被害者に対して損害賠償責任を負うのは、原則として運転手本人だけです(実際には例外となるような事例が非常に多いのですが)。

 ですが、会社をはじめとした事業者は、従業員を利用することによって、事業の範囲を拡大しています。
 それにもかかわらず、事業活動上、従業員が事故を起こして他人に損害を被らせた場合に、賠償義務を負うのは従業員のみ、とすると、事業者は、利益を得ておきながら、リスクは全て従業員にだけ負担させている、ということになってしまいます。
 そのため、民法715条により、事業活動上の事故に関しては、事業者も第三者に対して損害賠償責任を負担する、ということになっています(事業者が負うこの責任を「使用者責任」といいます。)。

(使用者等の責任)
第七百十五条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

 ですので、被害者の視点で見ると、従業員に対しても事業者に対しても賠償請求可能だ、ということになり、通常は、資力があり回収が容易と思われる会社に請求をすることになります。

2 会社が被害者に賠償金を支払った場合の従業員への求償請求:民法715条3項

 会社が従業員が起こした事故に関し、被害者に賠償金を支払った場合、従業員に対して支払った賠償金を返すよう請求することができるとされています(これを「求償請求」といいます。)。

(使用者等の責任)
第七百十五条 
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

 では、会社は、従業員に対し、支払った賠償金全額の求償請求ができるのでしょうか。
 この点について、最高裁は、昭和51年7月8日判決で、

 使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。

と判断しています。

 ごく簡単に理由を述べると、全額求償請求可能とすると、事業者は、利益を得ておきながら、リスクは全て従業員にのみ負担させている、ということになってしまうためです。

3 従業員が被害者に賠償金を支払った場合の会社への求償請求:最高裁令和2年2月28日判決

 では、従業員が被害者に対して賠償金を支払った場合、会社に対して求償請求することは可能でしょうか
 会社が支払った場合の民法715条3項のような求償請求の裏付けとなるような条文が、従業員が支払った場合にはありません

 感覚的には、事業者は、利益を得ておきながら、リスクは全て従業員にのみ負担させることを避ける、ということをしようとすると、従業員の会社に対する求償請求は可能なようにも思います。

 この点については、使用者責任の理論的な根拠も含めて求償肯定説/否定説の双方があったのですが、最高裁が、令和2年2月28日判決で次のように判断しました。

 被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができるものと解すべきである。

4 まとめ

 このような最高裁判例に照らせば、冒頭の事例におけるXさんは、Y社に対し、求償請求ができそうだ、という結論になりそうです。

 100万円のうち、具体的にいくらの求償請求が可能かは、「その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情」を考慮することになりますので、ケースバイケース、ということになります。


 記事をご覧いただき、ありがとうございました。
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