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【交通事故・保険】所有権留保売買と車両保険

 自動車の販売をするときに、ローンの返済が完了するまでは所有権を売主(例えばディーラー)に留保し、買主をその自動車の使用者として登録することが多いです。

 車検証をよく見ると、所有者欄にディーラーの名前が、使用者欄に買主(自動車のユーザー)の名前が書かれていることがあります。

 ディーラーは、割賦代金の返済が滞った場合に自動車を引き上げることができるよう、自動車を担保として利用するためにこのような措置を取っています。

 そして、このような措置を「所有権留保」と言います。

 私も知らなかったのですが、自動車の所有権留保売買をしたときに、売主と買主の双方が車両保険に加入することがあるようです(あまり聞いたことが無いのですが、本当でしょうか。実情をご存知の方がいらっしゃれば教えていただきたいです。)。

 双方が車両保険に加入すること自体は構いませんが、

【事例】
・時価400万円の自動車を売買
・買主と売主が、それぞれ別々に400万円の車両保険を付保
・この自動車が盗難被害に遭ってしまった

という場合に、買主も売主もそれぞれ400万円ずつ受け取ることができるとすると、おかしなことになってしまいます。
 時価400万円の自動車の盗難被害に対して、合計800万円の車両保険金が支払われているからです。

 それでは、誰がどの程度の金額の車両保険金を受け取ることができるのでしょうか。

1 前提:「被保険利益」という概念

 車両保険は、保険の対象となっている自動車が事故に遭って損害を被ったときに、被保険者に対し、その損害を穴埋めするための保険金を支払う保険です。

 このように事故により発生した損害を穴埋めをするための保険を、「損害保険」と言います。

 そして、何らかの事故が起きたときに、損害保険金を受け取ることができるのは、その事故により経済的損害を受けた人だけです。

 このような保険事故によって損害を被るおそれのある経済的利益のことを「被保険利益」と言います。

 上で述べた【事例】で問題となっているのは、所有権留保特約付き売買において、①買主・売主の双方が被保険利益を有するのか②有するとしてそれぞれどの程度の車両保険金が支払われるのか(被保険利益の額をどのように算定するのか)、ということです。

2 所有権の分属を基礎とした損害填補は行わない:名古屋高判平成11年4月14日

 ⑴ 事案の概要

・X(厳密には間に介在している人が居るようですが省略)がAから、自動車を所有権留保特約付き割賦売買で購入。
・代金約2300万円のうち、1000万円が支払い済み。
・XがY保険会社の車両保険に加入。
・交通事故により自動車が大破。交通事故発生時の車両時価額は1200万円。
・XがY保険会社に対して車両保険金の支払いを請求。
・Y保険会社は、Xは自動車の所有者でないから被保険利益を有しない、などと反論した。

 ⑵ 被保険利益に関する判断内容

 このような事案について、名古屋高裁はまず、次のように判断しています。

 所有権留保特約付き売買は、……法的には、売買代金が完済されるまでは売主が目的物の所有権者であるが、他方、買主は代金を完済すれば目的物の完全な所有権を取得することができるという条件付き権利を有するものである。
 このような所有権留保の趣旨及び効力に鑑みると、所有権留保特約付き売買の買主あるいはその承継人は、……右売買の目的物につき自動車損害保険契約の被保険利益を有すると解するのが相当である

 このように、裁判所は所有権留保特約付き売買の買主の被保険利益を認めています

 ⑶ 填補される損害の範囲に関する判断内容

 次に、名古屋高裁は、填補される損害の範囲について次のように判断しています。

 右買主あるいはその承継人の有する被保険利益は、被保険自動車の交換価値のうち既払代金額が売買代金額全体に占める割合に相当する部分に限られるというものではなく、交換価値の全体に及びうるというべきである。

 これは、次に述べる大阪地判のような考え方を否定した部分です。
 この名古屋高裁判決では、保険事故が発生したとしても買主は、最後まで売買代金を支払わなければならない(売主に損害はない)ことなどが理由として挙げられています。
 確かにその通りであるように感じます。

 この裁判例は、結論として、Y保険会社はXに対して1200万円全額を支払わなければならないと判断しています。

3 割合的な損害填補を行う:大阪地判昭和55年5月28日

 ⑴ 事案の概要

・X(厳密には間に介在している人が居るようですが省略)がAから、自動車(ブルドーザー)を所有権留保特約付き割賦売買で購入。
・代金約773万円のうち、約568万円が支払い済み。
・XがY保険会社の車両保険に加入。
・転落事故が起こり自動車が大破。転落事故発生時の車両時価額は約432万円。
・XがY保険会社に対して車両保険金の支払いを請求。
・Y保険会社は、Xは自動車の所有者でないから被保険利益を有しない、などと反論した。

 ⑵ 填補される損害の範囲に関する判断内容

 この大阪地裁の裁判例でも、所有権留保特約付き売買の買主の被保険利益が存在することは認めています

 そのうえで、填補される損害の範囲について、次のように判断しています。

 本件保険契約の目的たる被保険利益は、前記のとおり、車両の所有権自体ではなく、割賦代金を完済することにより当然に所有権移転を受け得るという原告の利益であるから、本件車両自体の右価額をもって、本件保険金額というわけにはいかず、その価額は本件車両の割賦代金の支払に応じて車両所有権の価値が徐徐に原告に移転していく過程において、事故時を基準にして評価されなければならないと解せられる。

 この大阪地裁判決は、先に述べた名古屋高裁が否定した見解を取るべきであると判断しています。

 具体的には、

約432万円×約568万円/約773万円≒約317万円

を、Y保険会社がXに対して支払うべき保険金額であると結論付けています。

4 まとめ

 私自身、この問題は今まで考えたこともなく、所有権留保特約付き売買の売主(ディーラーなど)が車両保険を付保していることがあるということも聞いたことがありませんでした。
 また、仮に事故が起きた場合、保険会社は、名古屋高裁の判断と同様の車両保険金の支払いをしているのではないかと推測します。
 私自身、保険事故が発生したとしても買主は、最後まで売買代金を支払わなければならない(売主に損害はない)という理由がしっくりきます。
 ただ、このような結論を取ると、売主が付保した車両保険が全く無意味なものになってしまうように思えるが、それは良いのか、という疑問が生じます。

 結論が出せない問題を紹介してしまいましtが、今回の記事は以上です。

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