見出し画像

「保護犬だった僕と植物人間になったパパ」第4話#創作大賞2024


第4話「うつ病になった僕」


「ずっとずっとパパと一緒にいよう」

そう決めたのに、パパはある深夜、酔っ払って帰って来るとさんちゃんに
「今からちょっとベトナム行ってきま〜す、ウィッ(しゃっくりの音)」
って敬礼して、ポシェットみたいな小さなバッグにパンツとTシャツを詰め込むと
「さんちゃん、パスポート、パスポート、ウィッ(しゃっくりの音)」
「え?はぁ〜?!ベトナムーー?!」
驚くさんちゃんにパスポートを探させた。

「じゃあ、さんちゃん、ゴン、いい子にしてろよ~、ウィッ。ゴン、さんちゃんを頼んだぞ!」

パパはそれだけ言い残すとTシャツにデニムでビーサン履いて慌ただしく出掛けて行った。夜中の3時過ぎ、自宅滞在時間は僅か15分足らずだった。

「ベトナム?ベトナムだって、ゴンちゃん…」
残されたボクとさんちゃんは、もちろん途方に暮れていた。
いや、パパは優しくて強いだけじゃなくて、元々「破天荒」な人だったけど、海外に行くのに出発15分まえに知らされるのは初めての事だった。

「ゴン〜、明日から会社どうしよう?」
さんちゃんは深夜に冷蔵庫からビールを取り出して、缶のまま一気に飲み干すとクッションを壁にぶん投げた。
「あンの〜、筋肉バカヤロー!!」
ポーン、ポーン…コロコロ…
壁に当たったクッションは、力なく跳ね返されて転がった。さんちゃんはケチだから、どんなに怒っても物が壊れるような真似はしなかった。
ボクはと言えば、小首をかしげるくらいしか出来なかった。わんこも「やけ酒」が飲めたらいいのにね。
ベトナム?ベトナムって何処だろう?パパが連れて行ってくれた名古屋よりも遠いのかな?

ボクは、この時初めてパパの言いつけに背いたんだ。パパは、いつもボクに
「ゴンは男だろ?いざって時は、女のさんちゃんを守ってくれよ」
って言っていたの。

「男たる者、惚れた女の一人や二人守れなくてどうするんだ」
ってのがパパの口癖だったんだ。やってる事は、ぶっ飛んでるくせに考え方は古臭いんだよね。でも、ボクはパパのバディだから出来るだけ言いつけに従ってきたつもりだった。それでも、この時だけは自分の感情を優先しちゃったよ。パパごめんね。でもパパが悪いんだよ。ボクを突然置いて行っちゃうから。
パパは「交友関係」ってのが広い人で、年中出掛けていたの。それに遊び人だったしね。サーフィンにゴルフ、スノーボード、飲み会……呼ばれたら、あっちへもこっちへも行っちゃうんだ。でもね、必ずいつもお出掛けの前はボクに話してから出発していたんだよ。言いくるめるようにね(笑)
この時、初めてボクに何も言わなかった。今まで置いてけぼりを食らっても我慢してきたボクも、何も言わずに出掛けたパパに今度ばかりは、堪忍袋の緒を切ることにした。

翌朝、と言っても数時間後だけど、ボク達はパパの電話で目を覚ました。
「ハロー、さんちゃん」
さんちゃんの携帯から、素っ頓狂に明るいパパの声が響いた。
「成田着いたよ~。ねぇ、ねぇ、さんちゃん、さんちゃんが欲しかったのってCHANELの何だっけ?」
「ちょ、ちょ、ちょっと、お土産はいいから、会社どうするのよ?」
「あ、従業員の皆さんには、ちゃんと指示してありますからぁ〜」
「はぁ~?」
「そそ、心配するな!準備は万端だ。で、CHANELだけどさ」
「知らないっ!」
「要らないの?」
「いや、それは要るけどさ…」

まぁ、そんな感じ。さんちゃんはパパにこんな調子で、いつも丸め込まれるの。
「ゴン、ダーちゃん、お土産買って来てくれるって!!」
ほらね、でもボクは今回だけは騙されないよ。

やがて出勤時刻になるとさんちゃんは、いつもの事務バッグを抱えて、ボクにリードを付けようとした。
ふんっ、パパが居ない会社なんて行くもんか。拗ねて逃げ回るボクに
「会社に行くとダーちゃん居るかもよ~」
さんちゃんが悪魔のように呟いた。
えっ?本当かな〜?ベトナムって、そんなに近いの?油断したボクは、まんまとさんちゃんの作戦にハマって事務所へ出勤したんだ。

「わん、わんーーー!!」(パパ、何処?何処に居るのー?)

事務所の隅から隅まで探し回ってもパパは何処にも居なかった。さんちゃんママの嘘つき!!

ボクは次の日から、出社拒否を決め込んだ。 
どんなに、さんちゃんがボクを呼んでもボクはコタツの中にもぐって外へ出なかった。さんちゃんは諦めて一人で会社へ出勤するようになった。ボクは、パパが帰って来るまでコタツから一歩も外へ出ないって決めたんだ。もちろん、さんちゃんが居る間だけだよ。さんちゃんが居なくなるとお水も飲んでいたし、置いていったご飯とオヤツはたいらげていたの。出社拒否?ストライキってヤツをボクは決行したんだ。

ところが、ボクが繊細で賢いのを知ってるさんちゃんはボクの事を「うつ病」に掛かったって誤解し始めた。心配性のさんちゃんの事だから、そりゃあ、もう大騒ぎさ。かかりつけの獣医の先生に
「犬もうつ病って、ありますよね?」
って、相談の電話をかけたり、パパから電話がかかって来ると
「ゴンちゃんがうつ病になったから、今すぐ帰って来てーー!」
って泣きわめいた。さんちゃんに恨みはなかったけどボクの意志は固かったんだ。それからパパが帰って来るまでボクはストライキを続けたんだ。一週間後にパパはやっとベトナムから帰って来た。

「ゴンちゃんがオコタから出て来ないの」
ママの雑な説明で
「どれどれ」
ってコタツ布団をはね上げてボクを覗き込んだパパの顔は真っ黒に日焼けしてて、眼と白い歯だけしか分からなかった。
「帰ってきまちたよ、ゴンちゃ〜ん」
ふんっ!子供扱いするな、そんな甘い声出しても、ボクは許さないんだからね。
結局ボクはパパが帰って来てからも二日間ストライキを続けた。でもね、能天気なパパとママを見てたら反抗するのが馬鹿らしくなってきたんだ。二日後の朝、
「ゴン、会社行くぞー!!」
パパの声でコタツから勢いよく飛び出した。
「わん、わんわん」(仕方ない、許してやるか)
だってさ、パパとママには、やっぱりボクが居なくちゃ、ダメなんだから。


つづく


第5話はこちら↓







この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?