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「保護犬だった僕と植物人間になったパパ」第5話#創作大賞2024


第5話「ガッハッハ」


それからもボク達は、破天荒なパパを中心に楽しく暮らしていた。毎日毎日「ガッハッハ」って笑いながらね。

パパはイベントごとは全部好きだったけど、特に「秋祭り」には燃える人だった。山車の先頭に立って指令を送る「梃子長」(てこちょう)って花形のポジションを何年も務めていた。さんちゃんは毎年毎年、パパの晴れ姿をボクに見せようとボクにお祭りの半被を着せて町へ繰り出した。でもボクは正直言って、お祭りの人混みや騒々しさ、花火の音が大嫌いだった。花火が鳴ると怖くて怖くて一歩も動けなくなった。さんちゃんの身体をスルスルと肩までよじ上ってブルブル震えるしか出来なかったんだ。その姿があんまり滑稽で酷かったんだろうね。ボクは田舎町で有名な臆病犬と呼ばれるようになった。

「隊長(お祭り仲間にパパはそう呼ばれていた)の犬が、あんなに弱虫なんて(笑)」

ボクは弱虫じゃなくて、繊細でデリケートなだけだ。それに、これはボクだけじゃなくて怖い思いをしたわんこ達、皆の特徴だと思う。人間が言う「トラウマ」って動物?とにかく保護犬には、そういう臆病さを持っている子が多い。これからボクのようなわんこを飼ってくれる人は覚えておいてね。
パパは
「ゴンは可愛いな〜、ガッハッハ」
って笑っただけで、そんなボクを責めたりはしなかった。

あれは5月か6月の夜の事だった。パパが頭からポタポタと血を流して帰って来た。さんちゃんは血相を変えて
「明日、病院でMRI撮ってもらおうよ」
って言ったけど、パパは断固として聞き入れなかった。

「建て前」って、知っている?今は、やるお家が殆どないけれど、大工さんが建てる注文住宅で昔から行われていた上棟式って言う儀式。
あの日、パパはその「建て前」に呼ばれて朝から上機嫌で出掛けて行った。建て前って、ご祝儀も出るし、お酒やご馳走が振る舞われるから、お祭り男のパパは大好きだったんだ。

そこで事故は起きた。

大工さんの不注意で、梁に置いてあった「掛け矢」と呼ばれるトンカチの化け物みたいなのが、下に居たパパの頭を直撃したんだ。職人さん達は「事故だ事故だ!」と大騒ぎをしたらしい。当のパパは一瞬、気を失って倒れたけど、直ぐに立ち上がって
「なぁ~に、大丈夫っすよ、ガッハッハ」
と笑いとばした。
「せっかくの目出度い席に怪我人が出たら、縁起が悪いだろ」

パパは本物のバカだった。

その夜、血がついたTシャツを着替えるとタオルを一枚持って、バンドエイドを貼るって言うさんちゃんに
「ハゲるからイヤだよ~、ガッハッハ」
笑って、流れる血をタオルで押さえながら建て前の二次会に出掛けて行ってしまった。

それからもパパは元請業者の労災事故になるから、迷惑を掛けるからって病院へ行こうとはしなかった。
パパも悪かったんだ。ヘルメットを被っていなかったから。でもお祭りみたいな半被を着た「建て前」で、職人さんはヘルメットを被るのを「粋じゃない」って嫌がるらしい。他の現場では被っていたのに…。

さんちゃんもボクも一つ大きな事を忘れていた。パパは決して「暑い、寒い、痛い」とは言わない男だった。「かゆい」は言うけど、ガッハッハ。
それに、さんちゃんは過信していたんだ。パパの有り余る体力を…。

あぁ、それだけじゃなかったね。
以前にも一度、パパは「建て前」で掛け矢を頭に落とされた事があった。その時は知り合いのハウスメーカーさんが付き添ってMRIを受けさせに病院へ連れて行ってくれた。連絡を受けて駆けつけたさんちゃんの眼の前には、何十枚ものパパの脳のMRI画像が映し出されていた。さんちゃんは、それを見て思わず口走っちゃった。

「先生、主人の脳みそ小さくないですか?」
「は?」
身を乗り出して、指差して言ったそうだ。
「ほら!ここんとこ!スッカン、スッカン!小さっ(笑)」
「……え、あの、ちよっと小さいかもしれませんが、こ、これで正常です」
医師は肩を震わせて、笑いをこらえるのに苦労したんだって。
そんな経緯もあって、パパとママはすっかり、そんな事故の件は忘れてしまった。夏が過ぎて、秋が訪れると、またパパが好きな「秋祭り」の時期になった。

当時を知る人は口を揃えて言う。
「あの最期の祭りの隊長は元気がなかった」
って。でも、それは結果を知ってからの話だ。
ボクは、ボクだけは、パパの微妙な変化に気付いていた。

その頃、さんちゃんの実家では大変な事態が起きていた。さんちゃんの弟が、さんちゃんのお父さんとお母さんに暴力を奮って家から追い出してしまったんだ。パパは直ぐに
「家へ来てください」
って、ジィジとバァアを引き取った。古くて狭いボク達のお家は、更に狭くなったけど、パパはいつも夕飯の時に「ガッハッハ」って、皆を笑わせて明るい気持ちにさせていたよ。
「困った人が居たら助けるのは当たり前だ」
そんなパパがボクは自慢だった。
師走に入ったある晩、

クン、クン、クンクン、クンクンクンクン…
なんだ?これは?

ボクはパパの身体から、ただならぬ「匂い」を感じた。血液?髄液?
とにかく、いつものパパとは違う匂いが漂っていた。ボクは急いでパパの全身を舐め回した。

ペロッ、ペロ、ペロペロ、ペロペロペロ…

「ゴン、くすぐったから止めろー!」
パパは逃げ回って、くすぐったがったけどボクは止めなかった。ボク達犬の世界では、怪我でも病気でも舐めて治すんだ。パパには悪いところが絶対にある。ボクはピョンピョン飛び回ってパパをしつこく舐め回し続けた。

「さんちゃーん、助けて〜!ゴンちゃんが狂った!」
「何やってるの?ゴン!」

ボクは狂ってなんかいない。
さんちゃんがパパからボクを引き離しに来たけど、それでもボクは止めなかった。そのうちに疲れ果ててパパの膝の上でボクは眠りに落ちた。

「これだけ舐め回したから、もう大丈夫かな?」

でも、大丈夫じゃなかったんだ。その日はヒタヒタとパパに近付いていた。
前兆は一週間前だった。当時パパは「新東名高速道路」の建設工事に携わっていて、連日連夜、突貫工事に追われていた。そんな朝だった。
「風邪引いたかな?頭が痛いから病院へ行きたい」
パパがさんちゃんに言った。
「えっ?」
ママとボクが初めて聞いたパパの「痛い」だった。
パパは会社へ電話を掛けて遅刻するって伝えたんだ。そこへパパのバァバがボク達の家まで押しかけて来た。事務所とお家は徒歩で2分と離れていないからね。

「〇〇ちゃん、何してるのよ!社長の貴方が行かないでどうするの!」
いつものバァバとは違う、鬼のような形相だった。さんちゃんは玄関に立ちはだかって、初めてバァバに逆らった。
「お義母さん、こんな弱音を吐く人じゃありません。本当に調子が悪いんだと…」
「風邪ぐらいで死ぬような子に生んでないわ!」
ボクもバァバにわんわん吠えて、さんちゃんに加勢したけど、バァバは土足のまま家の中へズカズカ上がって来た。
「行くわよ!〇〇」
パパの腕を掴むとぐいぐい外へ連れ出そうとした。
さんちゃんのジィジとバァバは、呆気にとられて見守る事しか出来なかった。
「おふくろ、じゃあ、ちょっと待ってて必ず行くから」
パパは台所で顔をジャブジャブ洗うとさんちゃんから気休めの痛み止めを貰って出掛けて行った。

「痛い」
あれがボクがパパから聞いた最初で最後の「痛い」だった。

つづく


最終章は、こちら↓

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