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「エッセイ」人は何故生きるのか

朝から、いきなりヘビーな題名だよね(苦笑)

昨日ある人のnoteを読んでいたら、そういう問いかけがあった。自分は何故生きてるのか、分からないって…

私も正直なところ全く分からない。
「死んだ方が楽だ」
と思った事は何回も何十回もある。生きてりゃ皆、そうだと思う。睡眠薬一瓶飲んで二日?三日?昏睡状態で居た事もガス管咥えた事もある。
でもあの当時の自分がバカだったとは思わない。
振り返ると「生きる」為に苦戦していたんだと当時の自分を励まして…違うな、元気付けて…でもないし、称えてやりたいって言葉がすんなり当てはまるかと思う。

こんな事があった。十三年も昔の事だ。

ダーちゃん(主人)が急性期病院からリハビリ病院へ移動してから私はダーちゃんを車椅子に移動する練習をしていた。病院関係者には無理だと言われたが、私はダーちゃんを在宅で看てあげたかったから必死だった。
ベッドから車椅子へ移動するのに「スライディングボード」↓これ

 


と言う補助具がある。
ベッドの高さと車椅子の座席の高さを合わせて(車椅子の方が下でも構わない)車椅子の手すりを一旦外し、このボードの上を滑らせて患者を車椅子へ移動する物だ。
意識がある患者なら少しは楽なのだが、ダーちゃんは全く意識のない植物状態だった。
寝ている彼の両脇に自分の両腕を入れて支え、ベッドに座らせる。それから痩せても75キロも体重があるダーちゃんを38キロしかない痩せっぽちの私が片手で支え、もう一方の手でこのスライディングボードを尻の下へ突っこむ。そして一気にスルーッと車椅子の座席へ滑らせて座らせる。
そんな練習を毎日毎日繰り返して、やっとリハビリの先生から合格点をもらったところだった。

「よく頑張りましたね。一人で車椅子移動してもいいですよ」

って。
これが出来るようになってから、ダーちゃんと私の病院内での行動範囲は格段に広がった。私は毎日、得意になってダーちゃんを車椅子に乗せて病院の中を散歩するようになった。
ある日、介護疲れか慣れたための油断だったのか、
スライディングボードへの乗せ方が悪くて、ドーンと言う音とともにダーちゃんをベッドの下へ落としてしまった。
尻持ちをついた私の目の前に何の反応も示さないダーちゃんの顔があった。

あの時の恐怖は忘れられない。
ベッドから落下してもろう人形のように無表情なままの主人……

どうしよう 
どうしよう
どうしよう

……

頭の中が真っ白になってパニック状態に陥った。
ダーちゃんを全身で受け止めたから、彼が頭を打ったり怪我をする事はなかったが、自分が情けなくて惨めでたまらなくなった。
泣きたい!
でも泣くよりも前に頭がキーーンと痛くなり、その痛みがだんだんと我慢の限界を超え始めた。
私は息の仕方が分からなくなっていた。

「誰か、誰か、助けて下さい!!」

大声で救助を呼びながら、私の方が倒れ込んでいた。その時、病室には主人と私しか居なかった。

足に力が入らない、指先は曲がり冷たくなった。
「息を息をしなきゃ」
急いで呼吸を試みるが、更に酷い過呼吸発作に襲われた。頭痛、手足のしびれが極限状態に達して変な曲がり方をしたまま固まった。
車椅子に乗せる側の人間が車椅子に乗って、救急病院へ搬送された(この病院は急性期病院ではないので、診られないと言われた)あの日、私は5回以上の過呼吸発作で歩く事も喋る事も出来なくなった。回復したのは二日後の事だった。

あの時の私は「責任感」と言う重圧だけで生きていたのだと思う。
胃ろう食の導入を覚え、おむつ交換を覚え、脳へ刺激を与える為に喋り続けた。酒も断った(これが一番凄い)入院費の金策も役所への届け出も、全部私一人でやらなければならなかった。
植物人間を一人「生かしておく」のには大変な労力がいる。医師、看護師、介護師、リハビリ師…スタッフの皆さんへは未だに感謝してもしきれないほどだ。

ああ、「人は何故生きるのか」だったよね。
理由は要らないのじゃないかな。
どうしても理由が欲しかったら、自分で勝手に作ればいい。
大なり小なり、長いか短いかだけで「絶対」がない此の世で「死」だけが誰にでも共通に訪れる絶対だ。

主人の闘病中、自ら命を断った知人が二人居た。私は愚かにも「要らないなら、その命欲しかった」と真剣に思った。もちろんダーちゃんの為にだ。
でも今はそうは思わない。自死の主な原因である鬱病も現代社会が作り出した立派な病だ。「身体を病む」事や「精神を病む」事は目に見えて症状が理解し易いが、「心を病む」事は他人には見えづらいから、なかなか理解を得られない。
今の私なら心底「お疲れ様でした」と言えるだろう。

おっと、また話しが脱線しているね。

「人は何故生きるのか」だ。
ここまで書いてきても全く分からない。
極端な話し、私は安楽死も認めるし、自死も最後の手段として残しておいて欲しいと思う。
本当は惚れた男の腕の中で「幸せだったよ、ありがとう」と言って息を引き取りたかったが、それも叶わぬ夢となった今、今を快適に楽しく生きるしかない。

人生はパーティーだ、カーニバルだ、祭りだ。
幸せ探しの果てしない旅の途中では答えはまだ見つけられないのかもしれない。






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