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「ショート」雪化粧#シロクマ文芸部


雪化粧が施された歩道の上にてんてんと赤い血が何処までも続いている。俺は滑らないように気をつけながら、その跡を辿って歩いている。

誰か怪我をしたのか?
それとも何かの事件か?

今朝、久しぶりに積もった雪が嬉しくて、早起きして新聞を取りに外へ出た。
「あれ?」
その時見つけた真っ白な雪の上に残る小さな赤いシミ。
「血?何だろ?でも、うー、寒い!」
家の中へとって返し新聞をキッチンのテーブルの上に放り投げて、珈琲を淹れようとガスコンロに火を点けた。だが、どうしてもあの赤いシミが気になって仕方ない。

何だろう?
なんだろう?
ナンダロウ?

ひねったガスコンロを元に戻して、好奇心のままに動き始めた。
着替えろ、暖かくして、あの赤いシミを突き止めろ!
俺の中の好奇心って言うサイレンが鳴った。

雪はぼたん雪から粉雪に変わり、はらはらと俺の顔に降り注ぐ。
小さな赤いシミだと思った鮮血は、少しづつ大きくなって駅の方へてんてんと続いていた。まだ始発電車には早い。
「あっ!」
歩道の脇に倒れている真っ白な女が目に飛び込んできた。
「おい!大丈夫か?」
駆け寄って意識が朦朧としているその肩を揺さぶった。
「赤ちゃん、私の……」
此処まで歩いて来たのが体力の限界だったのか、俺の腕の中で女は静かに最期の息を吐いた。




「パパ〜、起きて〜」
ドスンッ
ゆきが、ベッドで寝ていた俺の胸の上に思いきりダイブした。

アイタタタ…
夢だったのか。
それにしても何度、俺は同じ夢を見るのだろう。

ゆきは相変わらず、乱暴な起こし方だ。
「パパ、パパ、ねぇ、お外は雪だよ」
俺は寝室の窓に反射する雪が織りなす眩しい光を確認した。
「あぁ、ホントだ。じゃあ、ゆきが産まれた日と同じだね」
小首を傾げる3歳になったゆき。
「もう少し一緒に寝ようか」
はしゃいでいるゆきを強引に布団の中へ押し込んだ。
「ママがゆきを産んでくれたあの雪の日の話をしようね」

ママは、それは綺麗な真っ白な雪のようなスピッツだったよ。俺の腕の中で息を引き取ってから、ゆきは産まれて来たんだ。もしかしたら他に兄弟も居たかもしれないね。でも、ゆきだけを最期の力を振り絞ってこの世界に遺したんだ。ゆき、聞いてる?なんだ、お前寝ちゃったのか。
じゃあ、パパももう少し寝るね。起きたら雪化粧した道路を散歩しよう。ママがゆきを産んでくれたあの場所へ行こう、ゆき。

ワン、ワンワン

何だ、起きてるじゃないか。

寝室のドアが開いて、青白い顔をした妻が俺に近付いて来た。
「貴方、さっきからお腹が痛いの。もしかしたら陣痛かも…」
「えっ、でも予定日には少し早いだろ?」
「う…でも痛むのよ…」
ワン、ワンワン
ゆきが布団から這い出して、妻の足元でじゃれついている。いや、心配しているのか。

「分かった、病院へ行こう」

車のタイヤをスタッドレスに履き替えておいてよかった。俺は痛みに喘ぐ妻を助手席に乗せるとそっと車をスタートさせた。
リビングの窓に鼻をこすりつけて、ゆきが心配そうに此方を見ている。
大丈夫、ママの命は俺が守るよ。
雪はワイパーが忙しなく動いてもフロントガラスにしんしんと降り注ぎ続ける。
街路樹の枝も真っ白な雪化粧に染まった。
「あっ」
俺は確かに其処に見た。夢じゃない。
歩道に立ち止まり、白い雪化粧に負けないほど真っ白なスピッツが此方をじっと見て大きく頷いていた。
「貴方…大丈夫…かしら?無事に…生まれるかしら?こんな雪の日に…」
荒い息をしながら妻が俺に不安そうに言った。
「大丈夫だよ、美雪。絶対大丈夫。」

それにしても今日、この子が産まれたら俺の周りは「白雪姫」だらけだな。
病院の玄関へ俺は、車を滑るように横付けした。




















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