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"幸福度の高い働き方”を分解してみた

私はサラリーマンですが、日々楽しく、ストレスレスで仕事をしています。外資系メーカー、在宅勤務、基本的には7時間勤務、17:30上がり。いわゆる”ゆるふわホワイトサラリーマン”のカテゴリーに属するかもしれません。  

コーチングを受けても、エージェントからオファーが来ても、何度も転職や起業はしないの?と聞かれて深く考えても、転職したいなあ、、という気持ちは今のところありません。

理由は今の職場が

1. フルリモートワーク

2. シングルマザーが2人子どもを養える十分な年収

3. 仕事そのものにハマれる

4. チームメンバーがいい

5. 裁量度が高い

6.  副業可

だからといったところでしょうか。人によるかとは思いますが、通勤電車、不満足な給与、つまらない業務内容、尊敬できないチームメンバー、低い裁量度、副業禁止。。は私にとっては不幸せな仕事環境と言えます。

私にとってもこの6条件が全て揃った職場というのは人生で初めてのことであり、私の業界でこういう働き方をしているのは知る限り私だけです。ですので正直なところ、この職場が”最後のオトコ”ならぬ最後の職場となるかなと思っています。

ただ、私は何が何でもこのような職場環境に辿り着くんだ!と目標を決めて日々行動してきた訳では全くありません。なのでここに辿りいた時には45歳になっていたとも言えますね。。

振り返ると、時には人生の濁流激流に身を任せて、でも、その時その場でベストを尽くし、好き嫌い、優先度をはっきり決めて進む方向を決めていていたら桃源郷に流れ着いていた、そんな心境が一番近いかも知れません。  

今の職場にモヤモヤしたものを感じている方が、より早く自分にとって幸福度の高い職場に辿り着けるヒントになれば幸いです。

いつも私は "今の仕事が大好き"  "ストレスレス!”と言っているのですが、周囲にはそこまで仕事が楽しくない人も多い(特にサラリーマン)ようなので、自分なりにどういう経緯で今のポジションが得られたのか、分解してみようと思います。

1. 最初の職場をどう決めた?

私の大学での専攻はグラフィックデザインでした。先輩方は博報堂、電通などの広告代理店、プロダクトメーカー、印刷関係会社等に就職。まだバブルの残り香漂う時期、就職先は主に ”広告代理店:羽振りはいいが2徹3徹してなんぼ!” と ”メーカー:年収はそこそこ、工場と連携しているので週5日勤務、残業少なめ” という状況。そこで迷いなく広告代理店は諦め、就活はメーカーに絞ることに。

22歳の私が優先した軸は"毎日7時間寝られること”でした(笑) 小さい頃から体力がなく、試験前でも夜更かしをしたことはありません。毎日の仕事だけでも大変そうなのに、睡眠時間を取れない環境なんて嫌だ。。と仕事内容や収入よりも睡眠時間を優先して決めたといえます。もちろん候補のうちどれも7割以上は仕事内容も予想される待遇も満足だと思っていたけれど、その中でこれだけは譲れないものを持っていました。

思えば中学生の頃から睡眠と食事は大切、で生きてきて、”自分は頑張れない人なんだ..."と気後れする気持ちもありました。ですが、ここ20年以上ほぼ風邪もひかないのは体質と合わせて、習慣化した健康管理が困難な時期でも身体と精神を守り、仕事、家事、育児を休まず続けてこれたのではないかと思っています。  

2."一番好きなこと"は仕事にできなかった

大学時代、私が死ぬほど大好きだったのはバイクに乗ることでした。当時ヤマハのバイクに乗っており、ヤマハでデザインの仕事ができたら楽しそう!という憧れの気持ちだけでヤマハの人事に電話をしてみると(当時はネットがない時代) ”女性は採用しません”と当然のように門前払いの返答。ショックでしたが、そんな時代だったのです。  

どうしようかと悩んでいたところ、プロダクトデザイン専攻の教授が前職場の自動車メーカーのデザイナーの推薦枠があるよと教えてくれたのです。(今思えばその教授からして、その職場でマネージャーになるのが嫌だから、と大学に転職してきたという自分軸のある人でした。

車もまあまあ好きだったので、バイクメーカーがダメなら受けてみるか、というゆるふわな動機で入社試験を受け、無事に合格してその自動車メーカーにカラーデザイナーとして入社することになりました。

3.やってみたら意外と楽しい、がキモ

自動車メーカーでの仕事は想像以上に楽しいものでした。知れば知るほどクルマの開発の楽しさと、関わる社内メンバーとの心地よさにどっぷりハマっていました。

私はせっかちな性格で、ともかく自分でボールを持っていたくないし待たせたくない。仕事は好きだけど定時で帰りたい(→そこ!)一心で70%出来たな、と思ったらすぐに上長に確認してもらうようにしていました。デザインにしても資料にしてもまだ経験の浅い自分一人で完璧にできるわけがない、

ことさらデザインという正解のないアウトプットについて、自分で100%確信できるわけもありません。デザインコンセプトが決まったらとっとと経験値のあるチームですり合わせをした方が賢明だと思っていました。

そもそも運が良かったのは、自動車のデザイン開発ってなんて面白いの。。!と思えたことでした。同時にクルマそのものも好きになり、次々と新しいクルマの開発が始まる度にワクワクし、自分が関わったクルマが世界に出て行く。この仕事自体に全く飽きがこない自分に気がつきました。

入社前はうっすら持っていた、母のように家庭を持ったら会社を辞めるのだろうか?という思いもすっかり無くなりました。できれば定年まで勤めたいなあ。。とすら考えていたのです。

"この仕事をやってみたら意外と楽しかった"というのはすごくラッキーでした。これが幸福な働き方において重要だったということはその時は意識していなかったのですが、鈴木祐さんのこの本に書かれている内容を読んで腹落ちしました。

好きな仕事を求める気持ちが強いと、そのぶんだけ現実の仕事に対するギャップを感じやすくなり、本当に今の仕事が好きだろうか?という疑念が生まれる。一方、もともとさほど好きという気持ちがなく割り切って始めた仕事を始められる人は仕事への思い入れがない分、トラブルに強い傾向にある。もともと仕事に大した期待を持たないため、小さなトラブルが起きても「仕事とはこんなものだ」と思うことができる。

また、こうも書かれていました。

ジョージタウン大学のカル・ニューポートは、自分の仕事を"天職"だと考えている人たちにインタビューをした結果、こんな結論にたどり着いています。「天職に就くことができた人の大半は事前に『人生の目的』決めていなかった。彼らが天職を得たのはほとんどが偶然の産物だったのだ。」

相手への期待値がニュートラルであるほど、そこに時間を割いたことで愛着が生まれ、また、何か問題が起こっても大したことではないと思えるのは人間関係においてもそうかもしれません。

相手への執着が強いほど人は感情が上下します。親子であっても必ず相性が良いことはないと思うのですが、時間をかけ手間をかけて育てること自体が愛情の源泉になることもある。相手を思い通りにしてやろうと強く思い過ぎないことで、健全な関係が持続するのかもしれません。

仕事への情熱とは、「自分の中にたぎる熱い感情ではなく、なんとなくやってたら楽しくなってきた」といった感覚から始まる穏やかなプロセスである。

4.大好きな会社を退職、その後

自動車会社では9年勤めましたが、この大好きな仕事を辞めた理由は家庭事情によるものでした。

退職の挨拶で ”これまで一度も会社を辞めたいと思ったことがないのですが、家庭の事情でやむなく、、”と挨拶をしたら、同僚にとても驚かれたのを覚えています。それほどまでに好きな職場でした。

退社後に家庭で子育てだけをするのは心底辛かったので、子どもを保育園に週3日預けてアルバイトを始めました。退社のかなり前から近所のギャラリーのオーナーからお誘いがあり、販売スタッフとして勤務する事に。そのお店は作家ものの陶器、ガラス作品、アクセサリーなどセンスの良いものを扱っており、お客として頻繁に通っていた場所でした。

好きなものを取り扱うのは最初は楽しく学びもありましたが、1年ほど経って自分的に長く続けるほどの販売への情熱がなく、また店舗管理にも向いていないなあ。。と感じていたところに、保育園ママ友の美容室経営をしている女性から、新しい店舗をオープンさせるので一緒に働きませんか?とのお誘いが。

提示された時給もギャラリーよりも良く、その友人がとても素敵で尊敬できる女性だったので、一緒に働いてみたいと思いバイト先を変えることに。円満な形で辞めたので、今でもそのギャラリーのオーナーさんとは良い関係で、子どもを連れてお店に遊びに行かせてもらったり、素敵な作品を購入させてもらっています。

ここまで振り返っただけでも、私が仕事を決めるのに、好きなことははっきりしているけど能動的に動いてないのです。誘われて興味がある内容ならやってみる、という姿勢でした。

条件の良い職場を推薦してもらえたり、好きな人に一緒に働きたいと誘って頂けた時に、自分から無理じゃないかと判断しない。

人に誘って頂けてる時点で、相手の判断で合格。ひとまずやってみると少なくとも自分の中でこの方向性はダメなんだなとわかる。また、経験のない業種でも自分の得意と絡めて新しいスキルやビジネスチャンスを体得する可能性も出てくる。

その意味では若いうちに"好き嫌い" "得手不得手"を見極めるためにも学生時代のバイトも良いですね。私は学生時代のバイトとしてファミレス、中学受験、高校受験の家庭教師、コンパニオン(ホテルで配膳する方)など経験していますが、本業としてそれらに関連する仕事をするのは無理だなと感じました。

なにが好きか嫌いか、ニュートラルか、を知るということは限られた人生の中でとても大切です。離婚した時にも多くの学びがありましたが、自分にとって苦しいことが起きた時はチャンスとも言えます。なぜそうなったかを振り返り、次はそれを避けて選べば良いのですから、幸せな働き方、生き方に近づくのだと思います。

私は逆算手帳を使っていましたが、この手帳には"やりたいことリスト"と合わせて"やらないことリスト"を書き出すページがあります。

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やりたくないことを意識して避けるようにすれば少なくともマイナス要因が自分の人生に入りこむのを減らせます。少しの我慢が心身をじわじわ蝕むことのないように注意したいものです。

方向性が若干ブレても、最終的なゴールである ”幸せな人生” に近づいていればそれでよし、です。1年以内に実現したいことはほぼ叶いました。

美容室ではヘアカラーのアドバイス、フロント業務、お店のフライヤーを作る仕事をしていました。週3日の勤務でしたが、1年後に正社員にしてもらい、初めての美容業界で実体験で学ぶのは楽しいものでした。

特にこれまでグラフィックデザインを大学卒業後に仕事として手がけたことはなかったのですが手探りで試行錯誤しながら、お金を頂けるようになったたことで、自動車業界以外でも稼げると実感できた良い機会でした。自分が一つだけのことではなく、色んな方法でマネタイズできる方法を実践し、体感しておくのはいざという時の精神的な支えにもなります

そして離婚の気配と同時に正社員の職を探す必要が出てきました。そこでも、相談した自動車会社時代の先輩のお誘いで隣市の不動産会社でのカラースキムデザイン(家の色、設備仕様等を決める)、積算作業の仕事をパートで1年、正社員として1年勤務し、合間にインテリアコーディネーターの資格をユーキャンの教材を利用して取得しました。

正直こちらはブラック社長の会社でしたが、ここである程度自分の貯蓄を作れたのは離婚時に若干の余裕をもたらしてくれたので有り難かったです。また、社長が知人の弁護士さんを紹介してくれたので、離婚調停の時には迷わず行動できました。なにがどう自分にメリットをもたらしてくれるのか解らないものです。

5. シングルマザーの仕事の見つけ方、働き方

調停離婚の結審後、不動産会社を退職せざるを得なくなり、求人誌、ハローワーク、派遣会社、公文などで職探しを始めました。シングルマザーで4歳、10歳の子を抱え、両親もおらず、頼れるのは保育園だけ。平日勤務、18:30までに保育園のお迎え可能の条件がマッチする仕事はなかなか見つかりませんでした。

結局、この時は自動車会社に勤務していた時のご縁と運と信用残高により、ポートフォリオも用意していなかったにも関わらず面接だけで就職できました。その後の中途採用の方々はそうではなかったようなので、異例のことだったと思います。

https://note.com/sanna/n/n8677edbf8811 にも書いたのですが、下記の条件をゆるめず本当に良かったと思っています。

・将来のキャリア形成につながる仕事を選ぶ

・保育園に18:30にお迎えに行き、晩ごはんを3人で食べる

・土日は心身を休め、主に子どもと過ごす

・睡眠は7時間確保

・食事は極力自炊できる余裕を持つ

幸か不幸か、口やお金を出したり身を寄せられる親がなく、これらも自分の信条に基づいたものでした。二人の子どもの親権者、監護者になったことでより自分の心身の健康を守らなくてないけない。自分を守れなければ、肝心な時に子どもも守れない。

そしてもちろん、お金がないと守りたいものを守れない。私は離婚後に就職活動を始めてなんとか一ヶ月後には仕事が決まりましたが、もし決まらなかったら、上の条件を満たす仕事をライスワークとしても始めながら転職のチャンスを伺っていたと思います。

6.サラリーマンとして”上がり”の職場への転職

その会社では最初の一年は契約社員、2年目以降は正社員として計6年間働かせて頂きました。転職のきっかけは、今の会社の元セールスダイレクター(現在は他社にヘッドハントされ転職)から、2016年の秋に転職のお誘いを頂いたのがきっかけでした。

この方とは当時は関係性はなく、仲介してくれた知人がいました。デザイナーのポジションが空いたので急遽人材を採用する必要があり、3名ほどの候補者を立てて採用面接をするとのことでした。

何度かメールでのやり取りとお会いして話をする中で、”私はsannaさんと働きたいと思っています”と言って頂き、アメリカの副社長にもそのようにプレゼンして頂いたようでした。

他の候補者さんについて詳しくは聞いていませんが、同業界のデザイナーで英語堪能な方々だったそうです。かたや私は大学入学以降はほぼ英語学習をしておらず、レジュメってなに。。?と言う状況でした。

英語での履歴書など書けるわけもなく、どうしようとセールスダイレクターに話をしたところ、私が書いた日本語の履歴書を元にダイレクターがとても立派なレジュメを作成してくれましたw  

そんな転職者は前代未聞なのではと内心思いましたが、つい謙虚がちになり自分を小さく見せようとする日本女性の文化で育ってきた私には、そのレジュメに書かれていたキャリアのデザイナーは客観的に見た自分自身なんだなと自信をもたせてくれました。

そんな風に他の候補者よりも手間暇がかかり、英語もろくにできず、かつ子どものケアが必要なため遠距離通勤が難しいと言う候補者。そんな私にイレギュラーに在宅勤務を許可してくれたこと、また、この転職で時給換算すると年収も2倍近くになったので、学費がまだまだ必要な時期のこの転職は大変ありがたいことでした。

私に目をかけて採用してくれたダイレクターとは、今でもたまにおつきあいがあります。彼には足を向けて寝られないほど感謝しています。もちろんビジネスですから、彼自身と会社にそれらのデメリットを上回るメリットがなければそんな面倒な人を採用しません。

後日私を採用した理由をダイレクターに聞いてみたところ

・この業界で15年のキャリア

・前職、前前職での仕事、人間関係の評価

・めっちゃこの仕事が好きでポジティブ

・即レス、誠実な対応

と言うことでした。至って普通ですね。。ただ、長年の地道な積み重ねと人としての普段の在り方はその場の面接では取り繕うこともできません。

逆を返せば、一度の面接の失敗ではそれは揺るがないものなのです。候補者本人の言葉ではなく、周囲の評価の相対的なものと評価者本人の印象が合致すればそれはどんな面接テクニックよりも大きな味方になるんだなと感じました。

自分の長所は案外自分では解らないものなので、人間関係の潤滑油としても、客観的に長所を伝えて互いの自己肯定感を上げるためにも、日々感謝と良かった点を伝えあうのは効果的だと感じます。

自己啓発本のベストセラー、"人を動かす”にも、褒めて感謝を伝え、相手の存在に価値があることを繰り返し伝えることが大事だと書かれています。感謝し、褒めることの積み重ねが、言った本人の価値や評価も高めることになる、と私は感じています。

もし今、不本意な仕事に甘んじているなら、自分の”好き”と”嫌い”を分解し、少しでもそれらの最大公約数を高められる場所を探すこと、誰かに同じ職場で働きたいと誘ってもらえる人であるように日々意識することが、職場以外の幸せももたらすのではないかと思います。

また、具体的に普段の仕事で意識しているのは

1.即レス、できない時は期限を連絡

2.立場に関わらず相手を尊重しつつ意見は言う

3.小さな約束でも反故にしない

4.業務内容のメリハリを見極める

5.苦手分野は得意な人を上手に頼り、得意分野は積極的に周囲をサポート

6.感謝を繰り返し伝える。時には気を使わせない程度のモノでお礼

という当たり前のことを愚直に実行するだけで信頼残高をあげ、幸せな職場環境を引き寄せるチャンスが増えると思います。

7.どう生きるか、どう働くかを決める

私自身は今の職場で働くことが大好きだし、幸か不幸か今は働かざるを得ない人生になってしまったので、幸福度の高い働き方を得られて幸運だったと感じています。ただ、それぞれの人生のフェイズ、価値観により見方は異なります。

環境的に働けないタイミングもあるでしょうし、働く必要がない時期もあるかもしれません。幸せに生きるための手段の一つとして、働き方がどれくらい人生の中で割合を占めるかは個人の在り方いかんによります。

また、正直なところ、働くこと=対価としてお金を得るためのものが中心になってしまったとしたら、今の仕事をいつまで続けるかは迷うものがあります。本業以外に十分な副収入を得る仕組みを構築中ですが、これが本業を辞めても差し支えない経済状況になり、他にボランティアなどのやりたいことが出てきたら今の会社は辞めるかもしれません。

裁量度がどんなに高いとはいえ、1日7時間、週5日は仕事にロックされている状態。休み前後の業務フォローに追われる事を対価として支払ったとしても取れる最長休暇は2週間程度。心身ともにエネルギーがあり自由がきくうちに世界中を巡りたいという思いもありつつ、今辞める決断はしたくない。

私自身はしばらくこの環境で、自分にとって天職と思える仕事を楽しんで継続する予定です。その間に環境も変わって辞めざるを得なくなるかもしれないし、潮目が変わってもサバイブできるように準備だけは整えておきます。

現在のコロナ禍で想定外にもリモートワークが急激に進み、満員電車から解放された人も多くいるでしょう。保育、教育体制が元どおりになれば、さらに多くの人がリモートワークの恩恵を受けられることだと思います。

私が今まで同じ業界の人たちにリモートワークはいいよ、全日じゃなくても、ある程度はリモートにできるよ、と言ってきたのですが、殆どの人が”無理!”と言っていました。

その結果、家ですべき育児、家事、介護などをする人、主に女性(これ自体問題ですが)がキャリアを諦めたり、育児にストレスを感じたり、+αのお金をかけて外注なども併用しながら、それらと仕事を回してきたわけです。

リモートワークだと生産性が上がる、というのは通勤時間がなくなることや、人間関係のストレスに悩まされにくくなる、コミュニケーションがシンプルになるなどということ以上に、仕事以外の諸々人生で大切なことたちをおろそかにせずに済み、幸福度が上がり、結果的に仕事へのモチベーションも上がるから、と個人的には思っています。

過去の常識 "お給料はガマン料"というような固定観念から自由になり、幸福度の高い仕事環境の人が増える事を心から願っています。

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