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救急車狩り(短編・毎日小説・9/9)

小説部分


『救急車狩り』
良識ある人間であれば、命の瀬戸際にある患者が乗っている救急車を襲うなんて非人道的な行動を起こせるはずがない。
しかし、この世の中には様々な人間がいて、人の命を何とも思わず、自分自身を最優先に社会が考えるべきだという究極の自己中人間も存在している。

今日もネットには『救急車狩ってやったぜ』と自慢する連中が溢れていた。動画サイトで億万長者になれる時代になったこともあり、過激さに歯止めが掛からなくなっていた。

彼らが言っている『救急車狩り』とは走行している救急車を襲撃するといった行為ではない。彼らが行なっているのは、救急の怪我でも何でも無いのに、怪我人を装い、通行人などの善良な市民に通報させ、救急車のサイレンが聞こえてきたら、一目散に立ち去るという卑劣極まりない行為だ。

着信履歴は他人のもの。
通報者も突然のことで気が動転しているから倒れたフリをしている人の顔をハッキリと覚えていない。

こういった点から自分たちに降りかかってくるリスクがほぼ皆無であることを良いことに、視聴数を稼ぐため多くの人間たちが真似し始めていき、収集がつかない状態になっていった。

マスコミがこの卑劣な行為を取り上げたことで、更に多くの人間たちの知るところになり、最近では救急車のサイレンが聞こえ始めてから何秒耐久できるかといった悪ふざけに拍車がかかる事態へと転がっていった。


この状況を重くみた政府は、一つの結論を出した。

それは、通報時のルール明確化だった。決められた情報を入手出来ない場合は、救急車を出動させない。一分一秒を争う救急にとっては死活問題にもなりかねないルール決めには当然、多くの反発が起こった。

しかし、時の政権は長期政権であった事もあり、強行に法整備を進め、即日施行という行動を取った。

決められたルールは主に三つ。
・通報時、急病人の身元を確認し『氏名・住所・携帯電話番号・生年月日』を明らかにする。
・通報時に言われた電話番号への折り返し電話にて、電話番号の確認を徹底する。
・現場到着した救急隊員が『救急の必要性なし』と判断した場合、禁固刑+罰金刑の両方を課す。

もしも、急病人が身分証を持っていなかったら?
もしも、急病人が話すことが出来ず携帯電話番号を伝えられなかったら?
もしも、携帯の充電が切れてしまっていたとしたら?


そういった国民の不安の声を政府は一切、聞き入れなかった。

なぜなら、時の首相は、このおかしくなってしまった国を一度リセットしたいと考えていたから。
自分の快楽・豊かさのために『人の命』を軽んじたり、自分の行動が社会に対して、どれだけ迷惑を掛けるのかといった想像力が欠如した国民たちを救う必要性を感じていなかったから。

この政府の判断により、救急車が出動するケースは年間で10件を超えることはなく、代わりに死亡者数は右肩上がりに増えていった。

死にゆく人の大半は、『救急車狩り』の加害者側ではなく、被害者側だったにも関わらず、政府は救いの手を差し伸べようとはしなかった。

そして、その国に残った国民は、無秩序で無計画、人間としての価値を持たないクズばかりとなった。


『どこかのバカな国民一人の行動がキッカケで、国が滅びる事態になった。』

この国の悲惨さは、歴史の教科書にも載る歴史的事件として未だに語り継がれている。

記念日の由来

厚生省(現在の厚生労働省)が1982年に制定。
「きゅう(9)きゅう(9)」の語呂合せ。
救急業務や救急医療について一般の理解と認識を深め、救急医療関係者の士気を高める日。

注意事項

この作品はフィクションです。作中に出てくる人物や固有名詞などは一切、現実のものとは関係ありません。
また、作品の中で行われる行為を行なった場合は、罰せられる可能性がありますので、絶対に真似しないでください。

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