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宝くじの日(短編小説・毎日小説)

『誰かに見られている。』
毎日、歩いている道が今日は獣道とも戦争・紛争地域とも表現できるような危険な道に見えた。

乗り慣れた電車も、通い慣れた職場も今日は全ての場所が危険地帯に見えた。

「大丈夫か?今日、何か様子が変だぞ。体調悪いなら早退した方が良いんじゃないか?」
「そうかな?実は、今日はずっと誰かに見られているような気がして落ち着かないんだ。」
「お前、何したんだよ。頼むから、会社に迷惑ごとを持ち込むなよ。」
同期は俺の肩をぽんぽんと軽く叩き、半笑いしながら去って行った。

ジャケットの内ポケットの中身を常に確認しながら仕事していると、

「お前、顔色悪いけど大丈夫か。それにさっきからずっと胸を押さえてるし。体調悪いなら早退して病院行ってこいよ。」
「ご心配ありがとうございます。何か、今日は誰かからずっと見られているような気がして、心臓の鼓動が落ち着かなくて。」
「本当に大丈夫か?無理すんなよ。」
「はい。」
俺は上司に一礼して、作業に集中した。

昼休みになり、俺は急いで職場を飛び出し、助けを求めに走った。

「すいません、助けてください。」
「どうしましたか?ご用件は何でしょうか?」
「この宝くじを換金したいです。」
「宝くじ換金ですね。では、こちらの番号でお呼びしますので、お待ちください。」
「分かりました。」

待合席で待っている間、四方八方からの視線を感じた。朝に感じた視線よりも、今はよりハッキリと感じていた。

「143番でお待ちの方」

俺は、3番窓口に向かって歩き出した。胸ポケットに忍ばせた宝くじを握りしめながら。

「この宝くじの換金をお願いします。10億円が当たっているはずです。」

「確認しますので、少々お待ちください。」

窓口の女性は宝くじを受け取ると店の奥に消えていった。

帰ってくるまでの時間は、実際は10分も掛かっていなかっただろう。しかし、体感としては1時間くらい待たされているように感じた。

「お客様、大変お待たせ致しました。お話がありますので、別室まで起こし頂けますか?」
「分かりました。」

俺は素直に指示に従い、別室まで歩いていった。

「準備しますので、こちらでお待ちください。」
「分かりました。」

『とうとう俺も億万長者になれる。貧乏生活とはおさらばだ。風呂なしトイレなしの臭くてジメジメした暗い部屋から、おさらば出来る。』

ワクワクしながら、期待と興奮を何とか押さえつけながら待っていた。

すると、コンコンコンっとノックがあり、俺の緊張はピークに達した。

「お待たせしました。」

窓口女性が入って来た後に入って来たのは、スーツ姿の男性ではなく警察官のような制服を着た男性だった。

『大金を渡すから警察官も立ち会うのか。』
俺はそんな風に思っていた。

すると、警察官らしき人が急に質問してきた。
「君に質問なんだが、この宝くじはどこで購入しましたか?」

想定外の問いかけに俺は驚きのあまり固まった。

「答えられないのか?答えられる訳ないよな、そりゃ。買ってないもんな。」

俺は、何を言われているのか分からず、無言を突き通した。

「とりあえず、交番まで一緒に行こうか。」

この言葉の意味は分かった。

「はい。」

俺は、交番まで警察官に連れられて行かれた。


そして、俺は風呂なしトイレ付き、共同生活者が複数人いる新しい部屋で暮らすことになった。

『10億円は失ったけれど、代わりに3食トイレ付きの部屋が与えられた分、少しは生活のグレードが上がったかな。』

なんていう些細な幸せを噛み締めていた。

「32番、出ろ」

「はい。」

俺はまた番号で呼ばれていた。

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