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何でも消せるクリーナー(短編・毎日小説・9/7)

小説部分


「どんなモノでも消せるクリーナーを開発しました。」
開発者の田中一(たなかはじめ)は、記者たちの前で意気揚々と宣言した。無数のフラッシュに照らされる田中の顔は非常に満足げな表情をしていた。

記者からの質疑応答が始まると、一斉に質問が飛び出した。

「どんなモノでも消せると仰っていますが、消せないモノは本当に存在しないんですか?」
「はい、消せないモノは存在しません。とは言え、言葉だけでは信じられないお気持ちも分かります。今ここで、あなたが指定したものを消してみせましょう。ただし、カメラに収められるモノにしてください。見えないモノも消すことは出来ますが、それでは多くの人に証明することが出来ないので。」

田中は自信満々に無理難題を投げかけてくるように指示した。

「では、試しに今、私が使っているこのマイクを消してみてもらっても良いでしょうか?」
「分かりました。では、今から消してみせましょう。カメラマンの皆さん、しっかりと撮影をお願いしますね。」

田中はマイクをチェキで撮ると、その写真をクリーナーに取り付けられたスキャナーで読み込ませ、写真の中での画像処理を行った。

「はい、あと1分後、皆さんは衝撃の光景を目撃することになります。60秒前、45秒前、30秒前、10秒前」
「9、8、7、6、5、4、3、2、1、0」

田中が高らかに声を発すると、マイクがすーっと姿を消した。

「おぉー。」

歓声とシャッター音が会場中に鳴り響いた。

「これで信じて頂けましたかね?」
田中は会場中を見渡した。

「いや、まだ信じられないですね。何かトリックでもあるんじゃないですか?」
突如として目の前のマイクが消えた事実を受け止めきれない記者の数人が、他にも消してみせろと叫び始めた。

「皆さん、落ち着いてください。では、他に何を消せば良いでしょうか?」
田中は会場で騒ぐ記者たちをなだめつつ、新たな対象物を指定するように言ってきた。

「じゃあ、私そのものを消してもらっても良いですか?」
記者の一人が自分を消し去るように提案してきた。

「あなたを消すんですか?人を消すという実験は倫理上、行ってはいないため成功するかは分かりませんが、恐らく、成功してしまいますよ。あなたは本当にこの世から消えてしまっても後悔しないですか?」
田中は記者が思い立ってくれることを願いながら確認した。

「後悔はありません。消せるものなら、私を消してみてください。」
記者は何の迷いもなく即答してきた。

「分かりました。」
田中は一言だけ答えると、先ほどマイクを消した時と同じ手順で作業を開始した。

「9、8、7、6、5、4、3、2、1、0」

すると、先ほど目の前にいた記者が影も形もなく消え去った。

「まさか、本当に人間まで消し去ってしまうとは。」
田中は、とんでもないモノを開発してしまったと後悔し始めた。
「私が開発したモノが人を一人、殺してしまった。」

田中は、クリーナーを片手に急いで会場を後にし、その足で研究所へと向かった。

「急いで、このクリーナーを廃棄しないと世界が滅びてしまう。」

田中はクリーナーの設計図やデータなど、ありとあらゆるデータを消し去るためにPCを立ち上げた。
その瞬間、研究所に黒いスーツを着込んだ見ず知らずの人間が入ってきた。

「誰だ?」

と田中が発した瞬間、田中は銃で打たれ絶命した。
部屋には田中の死体や血痕が飛び散っていた。

その侵入者はチェキで田中の死体と血痕が飛び散った部屋を撮影すると、先ほど田中が行っていた手順で作業を開始した。

「このPCのロックを外せるのは、お前だけだったからな。ロックを外しておいてくれて助かったよ。」

そう言うと、男はPCから専用アプリケーションとクリーナーに関する情報の全てを抜き取り、最後にクリーナーを起動した。

「まさか、自分で開発したクリーナーで自分自身が消されるとは夢にも思わなかっただろうな。あの世で、こんなモノを開発したことを後悔し続けれるんだな。」

「9、8、7、6、5、4、3、2、1、0」

田中の死体が消し去られた。


そして、この数ヶ月後、クリーナーの存在により、各国が消される前に消す先制攻撃の精神により核戦争が勃発し、地球上から全ての人間が姿を消す事になった。

クリーナーの日の由来

メガネクリーナーの製造会社・パールが制定。
「ク(9)リーナ(7)ー」の語呂合せ。

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