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初めて文字が生まれた日(短編・毎日小説・9/8)

小説部分


『文字の開発・読み書き』は人類にとって史上最高の発明である。
この物語は、そんな識字の概念が存在しなかった人間社会に初めて文字が生まれた瞬間を描いた物語である。

地球上には未だ自然が広がっていた時代、人間は自分たちの見聞きした経験を口頭でしか伝える術を未だ持っていなかった為に、全く文明が発達していなかった。
それでも、外敵から身を守るための手段として防御壁を築き、堅牢な素材で作った住居を構え、防御壁の内側で農作物を育てながら定住程度の技術・文化は保有していた。

文字が作られていなかった為、隣国(今でいう、都道府県レベル)の王様へのやり取りは伝達係が王様の言葉を覚え、その内容を口頭で伝えるという手段しかなかった。

そんな伝達係に求められる素質は大きく分けて二つ。

一つは長距離を早く走り続ける事ができる持久力。
もう一つは、王様の言葉を一字一句間違いなく記憶することができる記憶力。

この二つの基準を今の時代に当てはめると、
『持久力は、フルマラソンを1時間30分を切るペースで往復することができるレベル。
記憶力は、原稿用紙5枚分にあたる2,000字程度の文章を一字一句間違いなく覚え、7日間毎日、一字一句間違いなく読み上げるレベル。』
となっていた。

そんな難易度の高い試験にパスすることは並大抵のことではなく、知力と体力の両方を備えた超人的な天才しか伝達係は務まらなかった。

そんな超難関試験が今年、久しぶりに開催されることとなった。参加資格は年齢制限だけであったため、各家庭から子供達が応募してきた。

少年たちは第一の試験である持久力試験に必死にしがみついた。それでも試験を通過した応募者は全体の10%程度しか残らなかった。
そして、次の記憶力試験の時、前代未聞の事件が起こった。

この試験に挑戦していた少年の中に、アガサという少年がいた。彼は小さな頃から、人より記憶力が悪いことを一人でいつも悩んでいた。

親に言われたことを忘れては怒られ、友人たちと会話した事を忘れては怒られ、自分が大事にしていたモノを保管していた場所を忘れては悲しい思いをしていた。

だから、彼は忘れることを前提にして生きる術を考えた。そして身につけたのが、身体中に大事なことを忘れないためのメモを取ることだった。
メモといっても一字一句をメモするのではなく、キーワードになり得るモノだけをメモする程度だった。

そんなアガサ少年は、記憶力試験を通過することは無理だとは思いながらも、メモの力で奇跡を起こすことができるかもしれないと願い、ダメ元で試験に臨んだ。

記憶力試験の当日、アガサ少年はいつも身体にメモするために使っていた木のツルから抽出した液体を持参し、試験中、可能な限り身体中にメモを取り続けた。

その様子を見ていた王様は、アガサ少年の行動が気になり試験終了後に呼び出した。

「お前は試験中に何をしていたんだ。」
「私は何事も忘れやすい人間のため、内容の大事な部分を思い出せるように身体にメモをしていました。」
「メモとは何だ?そして、そのメモとやらを今、見せてもらえないか?」
「メモとは、私が勝手に言っていることで言葉で説明することが非常に難しいのですが、忘れたものを思い出せるキッカケになるようなものと思って貰えれば。メモはこちらになります。」

そういうとアガサ少年は上半身の服を脱ぎ、身体中に書き留めたメモを見せた。

「これは、お前以外にも理解できるのか?」
王様は興味津々に質問を投げかけてきた。
「今は私しか分かりませんが、このメモの意味を誰かに伝えれば、私以外にも理解できるようになると思います。」
「だとすると、このメモとやらを国民の共通知識として広めていけば、伝達係に記憶力は不要になるかもしれんな。」
「そうですね。」

このアガサ少年の何気ないメモをキッカケにして、人類は初めて文字というものを開発し、そこからあらゆる知識・経験を残すことができるようになり、急速に文化が発達していった。


識字デーの由来

1965年のこの日、イランのテヘランで開かれた世界文相会議でイランのパーレビ国王が軍事費の一部を識字教育に回すことを提案したことを記念して、ユネスコが制定。国際デーの一つ。

「識字」とは、「文字の読み書きができる」という意味で、現在世界には戦争や貧困等によって読み書きのできない人が10億人以上いると言われている。

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