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それでもわたしたちは #音の世界と音のない世界の狭間で 生きることをやめられないから。

誰かの肩にそっともたれ掛かりたい夜がある。そんな日は、ちょぴっとだけアルコールを。

大学時代に真冬の北海道で出会ったわたしたちは、1994年の2月に音のない世界に生まれ、音の世界で育って、出会ったちょうどその頃に手話を覚え始めて、いま、電車で数分の距離に暮らしている。

補聴器をつけているけれどもよく喋り、音楽も好き。でも一方で、よく喋るし音楽も知っているからこそ、音の世界の人たちにわたしたちの感じる世界を知ってもらうことの難しさも抱えていて。

全く聴き取れないし、発音もできません!となれば周りはすぐに筆談をしてくれるんだろうけれども。でもわたしたちはバカ正直に「口読めるんです」とか言っちゃうから、読み取れないくらい速さで相手に話しかけられて泣きそうになる瞬間を、日に何度も経験している。

それでも、わたしたちは音の世界と音のない世界の狭間で生きることをやめられないから。だから、たまにもたれ掛かりたくなるような夜に集合をかける。

で、この夜もやっぱり、お酒を飲みながらその喋れるとか喋れないとか、口が読めるとか読めないとかそんな話になって。

口の読み取りとか聴き取り、めっちゃ練習したじゃん。でもあれってさ、不確かなんだよね。本当に正しいかどうかは分からない。だから、仕事でキコエル人たちと関われば関わるほど、結局筆談が確実だなって思うわけよ。

という、現実的な。

わたしたちは、自治体の福祉補助では購入できないようなちょっと性能の良い補聴器を使っている。自分の聴きたい音というものがある程度明確にあるから、それを求めるとやっぱりそれなりの金額のものが必要になるわけで。それでも、というか、そこまでこだわるからこそ思うわけ。わたしたちの聴き取りには、限界がある。ということを。

じゃあ、音を聴き取る練習とか、口の形を読み取る練習とか、そういうのが全部無駄だったのかというとそれは違くて。あれは本当に本当に役に立っている。おかげでわたしは週末、藤原さくらちゃんのライブを泣きそうになるほど楽しんできたし。

それに、この世界は圧倒的に音の世界で生きる人の方が多いので。そういう意味で「気のあう友達」も母数として音の世界の人たちが多い。だから、彼らが楽しいと思うものたちをわたしも知りたいと思うし、少しでもコミュニケーションがとれたら世界が広がるなぁと思っている。

そんなときに、相手の口の形が読み取れてよかったなぁとか、訓練は必要だけれども音楽を楽しめてよかったなぁと思う。

ああ、そういえば。これらってもしかしたら、いっとき流行っていたあの「不要不急」な余暇と呼ばれる時間たちを指すのだろうか。

仕事や役所の手続きみたいな「必要緊急」なとき。わたしたちの不完全なキコエや口の読み取りには限界がある。間違えたら大きな損失が生まれたり、誰かに迷惑をかけてしまう。それは避けたい。

けれども、余暇だったらちょっとくらい間違えても良い。困るのはわたしだけだし、何かを習うにしても、人より時間がかかったって良いと思っている。余暇の時間は、わたしのペースで歩いていても誰も気にしない。

いろんな考えの人たちがいるだろうけれども、わたしは「余暇のために労働をする」タイプの人間なので。そういう時間を楽しめる手段をひとつでも多く持っていることは、わたしの財産なんだろうなぁと思っている。

そんな話をポロッとしたら「分かるよー。わたしたちにとって、あの訓練は本当に必要だった。おかげで今、楽しめることがたくさんあるよね。」と楽しめるようになったことたちを、ひとつひとつ挙げてみた。

・音の世界に友達がいること
・音の世界の人と恋をすること
・好きな音楽があること
・吹奏楽を経験したこと
・歌をうたうこと
・ライブに行くこと
・観劇に行くこと

まだまだたくさんあるけれども、どれも口を読んだり音を聴いたりする練習を何年も積み重ねてきたから楽しめていることだよねって。この世界の音たちをわたしのものにする作業が、今のわたしたちを作ってくれていると思うと、頑張ってきてよかったね、としみじみと。

音の世界も音のない世界も楽しみたいわたしたちは、とっても欲張りだから。だから、これからも、自分たちの聴こえにはこだわり続けるだろうし、説明するのが大変でもこの狭間で生きていくことをやめられない。

わたしたちは幸にして、説明すれば分かってくれる人たちに恵まれているし、どうしようもなく誰かにもたれ掛かりたい夜には集合できる同士がいるから。

1994年の2月に、耳のきこえにくい子として生まれてきた、大切な同士がいること。わたしにとって、宝物のような存在です。いつもありがとね。

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