広瀬和生の「この落語を観た!」Vol.126

3月29日(水)「高田文夫プロデュース 立川流三人の会(夜)」@明治座

広瀬和生「この落語を観た!」
3月29日(水)夜の演目はこちら。

立川談春『宮戸川』
立川志の輔『みどりの窓口』
~仲入り~
立川志らく『文七元結』

「立川志の輔・立川談春・立川志らく」の三人が顔を揃える「高田文夫ドリームプロデュース 立川流三人の会」が紀伊國屋ホールで開催されたのは2005年11月1日のこと。副題が「やっとこさ実現!」、チラシやプログラムでの高田文夫氏の似顔絵が「揃っちゃったヨ」とつぶやいていた。当日、足を運んでみると、プログラムには家元(立川談志)のお言葉も。「贅沢な会である。現在最高の落語会である」「談春はここまでよく出来上がってくるとは思わなかった。見事と言っていい」「志らくは己れの才能の凄さに落語が小さく見える」「志の輔、己れの落語人生真っ盛りか。あとは家元をどう抜くか」……。

一番手の談春が『白井権八』、二番手の志らくが『お直し』、トリの志の輔は『抜け雀』。志の輔がサゲを言った直後に高田氏、談春、志らくが再びステージに現われてトーク。楽屋に来ていた柳家花緑、昔昔桃太郎らも顔を出し、さらに「最初からずっと客席で審査員のように観ていた」と、家元がサプライズで登場。「当人達を前に褒めるのも野暮だが」と言いつつ三人を褒めながら、「特に志の輔の今日の出来なんか、非常に良かったんじゃないですか。志ん朝より良い、と言ってもいい。逆に言うと、志ん朝に見せてやりたかった。彼ならこれを観て、それをどう己れにまた反映させてくるか……そんなことを言いたくなるくらい、志の輔は内容、表現、ともに最高だった」と絶賛。「お客さんも、いい時に来たんじゃないですか」「三人が各々違った形で私のやっている要素を取り入れているのを観るのは嬉しいもんです」と満足そうな師匠・談志だった。

そして3年後の2008年9月29日に紀伊國屋サザンシアターで行なわれた「高田文夫ドリームプロデュース 立川流三人の会2」。『赤めだか』でブレイクした談春の立場が3年前とは大きく異なっているためかチケット争奪戦は熾烈を極めたが、頑張って最前列をゲット。当日のプログラムに立川流家元・談志の言葉はなく、もちろんサプライズの登場もなし。この時期、談志は喉の不調(咽頭癌の再発と治療)のため長らく高座から遠ざかっていたのだった。

プログラムには「一番手と二番手が30分ずつで仲入り後に三番手が45分」と書いてあり、冒頭で高田先生が志の輔、談春、志らくを次々に呼び出してステージ上でジャンケンで出演順を決めることに。最初に負けたのが談春で次に志の輔が負け、勝った志らくが「二番手」を選ぶ。談春は「志の輔師匠を聴く時間が短くなったらイヤでしょう!?」と客に訴えるが志の輔師は一番手を選び、トリは談春に決定。志の輔『忠臣ぐらっ』、志らく『源平盛衰記』でトリの談春は十八番『妾馬』を演じてお開きとなった。

そして、三度目となる「立川流三人の会」がそれから15年目に実現した。今回は志らくがマスコミでブレイクしたこともあってか、昔よりさらにチケット入手が困難に。会場を明治座(客席数1,368)としての昼夜興行だったがどちらも即完売で、昼公演が取れなかったため夜のみ。昼公演では志の輔『親の顔』、志らく『親子酒』でトリの談春が『文七元結』をやったという。例によって出演順はジャンケンで決めるということで、最初に勝った談春が二番手を選んだが、次に勝った志らくが「トリで『文七元結』やります」と言ったのを受けて談春が「じゃあ私が一番手で行きます」と変更した。志の輔を最初に出すわけにはいかないという配慮だろう。

マクラで立川流の思い出を語り始めた談春は、あるとき談志が弟子たちに「俺が頭を下げれば寄席に戻れる」と言い出し、「おい、寄席に出たいか?」と志の輔、志らくに問いかけて、それぞれパーフェクトな答えを返したのに引き換え、自分は……というエピソードを語った後、霊岸島の叔父さん夫婦の会話に的を絞った『宮戸川』を軽やかに演じた。

続いて志の輔は、あるとき談志の家でおかみさんが「志の輔さんの『バールのようなもの』好きなのよ」と言い、長女の弓子さんも「私は『はんどたおる』が好き」と続けたので、「師匠は新作が嫌いなのにどうしてそんな話題を……」と思っていたら、談志が「俺は『親の顔』が好きだ」と言って「ああいうのを、どんどん作ったらいい」と褒めてくれたのが凄く嬉しかったという素敵なエピソードを披露。「そのとき、弓子さんが『あ、でも一番好きなのはあの噺』と言ってくれた噺をやります」と言って『みどりの窓口』を披露。まさに「落語はフレーズだ」という見本のような、何度聴いてもまったく色褪せない名作だ。

志らくの『文七元結』は、談春の饒舌な台詞回しの圧倒的な説得力で聴き手を引き込む重厚なドラマとしての『文七元結』とは対照的な、軽やかな“落語らしさ”の中で江戸っ子の心意気を描く爽快な逸品。お久が見世に来て何と言ったかを長兵衛に聞かせながら「私は涙が出たよ」と言う佐野槌の女将、あくまでも健気なお久、娘を想ってボロボロ涙を流しながら吉原を後にしたのに大事な五十両を思い切って渡す長兵衛の潔さ、器の大きな近江屋と純真な文七の絆……。押しつけがましさがなく、程が良い“いい話”として楽しませてくれる志らくの『文七元結』は日本映画を観ているような味わいがある。ラストで笑いを呼ぶ演出も志らくならでは。昼の部で談春の天下一品の『文七』を聴いた人間も多くいたであろう客席に向かって「我が道を行く」自分のスタイルをあえて見せつけた志らくの心意気が素敵な一席だった。


次回の広瀬和生「この落語を観た!」もお楽しみに!

※S亭 産経落語ガイドの公式Twitterはこちら※
https://twitter.com/sankeirakugo