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【OLエッセイ】給湯室のいたずらは誰のしわざ?

派遣社員として働いていた20代の頃、好きだけど苦手な先輩がいた。


私より10歳年上の女性の先輩は優しくて、おしゃれで、いつも私のことを気にかけてくれた。

「その服かわいいね。どこの?」とか「週末はデートかな?」とか、おしゃべりが苦手な私に、しゃべりやすい話題をふってくれた。
かまってもらえるのが嬉しくて、私はその先輩相手になら何でも話して聞かせた。


だけど先輩の苦手な面もあった。
先輩は給湯室でいつも誰かの噂話や陰口をしていた。いや、本人は陰口のつもりはなさそうで、会話のネタとして、社内の沢山の人の話を面白おかしく聞かせていた。

私が給湯室に行くと「今日の課長の服、見た?あれブランドのパクリだよね?」とか「この前部長と秘書が町で2人でいたの見たって人がいるんだけど!」とか、先輩のもとにはありとあらゆる情報が入ってきていた。

私はいつもその話を「へぇ」とか「そうなんですか?」とか聞いているばかりで、でもあまり好きな話題じゃなかったから、給湯室の壁に掛けられているカレンダーを見ているふりなどしていた。

そのうち先輩は「ところで本田ちゃんは週末予定あるの?デート?」と私の話をまた聞き始める。そんな調子だった。


私は先輩のことが好きだったけど、苦手だった。


もしかしたら私が先輩に話した内容は、全ておもしろおかしく他の人に伝わっているのかもしれない。そんなモヤモヤとした疑惑はある時、確信に変わった。


それは社内向けのアプリで。

ラインみたいに、社内だけで短いやりとりをリアルタイムで送受信できるアプリがあった。送ったメッセージは相手のパソコンの右下に「ポロン」とすぐに表示される。

ある日、普段は鳴らない私のアプリがその音を通知した。



ポロン

【ねぇ、今日の本田ちゃんのスカート見た?】


私は自分のスカートを見た。
今日の私のスカート。そりゃ着る時見たさ。


パソコンに再び目を戻すと、メッセージは消えていた。


誤爆。

間違いなく、それは先輩が誰かに向けて送った、私のスカートへの批評だった。


一瞬で自体が飲み込めて、涙が出そうになったから給湯室に逃げ込んだ。


お気に入りのスカートが、全然かわいく思えなくなった。こんなもん、脱ぎっ散らしてパンツで仕事したろうか。くやしい、くやしい、悲しい。

私は、先輩の毒牙が自分にだけは向けられないのかもしれない、私だけは先輩のトクベツかもしれない、なんて心のどこかで期待していた。そんなわけなかったのに。



給湯室で涙をかわかしてたら、カレンダーの女の人がニコニコとこちらを見て笑っていた。

青空の下、ポーズを決めるどこか外国の女の人。モデル名も書いてないし、誰が飾ったのかもわからないカレンダー。

その顔が滝川クリスタルに似てるなぁと思って、胸にさしていたボールペンでいたずら書きをした。


女の人の横に吹き出しをつけて《こんばんは、滝川クリステルです》って書いた。


自分でへへっと笑ってから机に戻った。




その日以降も先輩は何事もなかったのように私に話しかけてきたし、私も何も知らなかったふりをして今まで通り先輩との付き合いを続けた。

給湯室に行けば、これまで通り噂話も陰口も続いていた。



いたずら書きをしてから3日後。

給湯室に行ったら先輩たちがいて、楽しそうな声が聞こえてきた。今日は何の話やら。心に頑丈なシャッターを閉めて、中に入る。


「ねぇ、本田ちゃん!!まじウケるんだけど。これ見た?」先輩は例のカレンダーを指さして赤い顔で笑って言った。


私はカレンダーに目をやる。

《こんばんは、滝川クリステルです。》


他の先輩たちも「誰これ書いたの、滝川クリスタルにしか見えないじゃん!」と笑っていた。

「やだー!小学生みたいー!!」と私も笑って言った。



先輩はその広い広い人脈で、たくさんの人に滝川クリステルのいたずら話をしていた。もしかしたら犯人を捜していたのかもしれない。


でもとにかくその日、給湯室では噂話も陰口も1度も聞かずに済んだ。




それから毎月のようにカレンダーにはいたずら書きが続けられた。先輩は犯人を探していたけれど、結局誰がそのいたずら書きをしているのかは分からなかった。


私がその職場を退職するまで、いたずら書きは無くならなかった。




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