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BCPとしての感染症対策と後遺症問題(JES通信【vol.146】2022.05.10. ドクター米沢のミニコラムより)

 このゴールデンウィークは3年ぶりのコロナ制限なしの大型連休となり、各地が賑わいました。一方、国内の一日の新規感染者数は第6波のピークであった2月初旬の4分の1まで減ったとはいえ2万人を超えており、昨夏の第5波のピーク時並みの数です。さらに沖縄ではすでに第7波に入っており、ゴールデンウィーク明けの感染再拡大が懸念されます。それでもみなさんが以前とは何となく違って落ち着いているのは、ワクチンを接種した安心感やオミクロンは軽症化しているという情報、そしてそろそろ我慢の限界といった気持ちなどからでしょうか。

1.BCPとしての感染症対策

1)事業所では濃厚接触者を特定しなくてもよくなった…

 事業所にとってはどこまで対策を緩めていいのか、迷うところではないかと思います。2022年3月16日、厚生労働省の事務連絡で、事業所においてはクラスターが発生しない限り、濃厚接触者の特定・行動制限をしなくてよいことになりました(資料1)。職場で感染者が出ても、いつ、誰が、どのような状況で接触したか追跡しなくていいし、従来なら濃厚接触者に該当する場合でも出社を控える必要もないということです(家族に感染者が出た場合は濃厚接触者となり待機が必要です)。これはオミクロン変異による病状の軽症化を踏まえ、保健所や企業への負担軽減を狙ったものと思われます。確かにこの2年間、在宅勤務の普及で職場のクラスター発生の話はほとんど聞かず、事業活動を元に戻す動きが活発化しており、それに沿った判断とも考えられます。しかし出社率が上がるにつれ、職場での感染(ランチや飲み会)が報告されるようになってきました。オミクロンは軽症化したとはいえ、まだインフルエンザ並みとは言えませんので、職場としては安全配慮義務、職場環境配慮義務の観点から引き続き感染対策を考える必要がありますし、業務上で感染を起こせば労災にもなります。また欠勤者が増えれば仕事が回らなくなる可能性がありますし(コロナ前の話ですが、インフルエンザ流行で10人の部署で出勤者が3人という報告を受けた会社があったことを思い出しました)、また「何も対策しない会社」と風評が立つとイメージダウンにもつながりかねません。少なくとも私が産業医で関わっている企業では、濃厚接触者の追跡を一気にやめるのではなく、段階的に対応を緩めていますし、BCPの一環としてそれが妥当のように思われます。

2)ワクチン3回目接種を急ぎましょう

 昨夏の第5波の収束はワクチン接種が急速に進んだことが大きいと考えられていますが、日本での3回目接種は道半ばという感じです。65歳以上の接種率は80%を超えましたが20代、30代はまだ30%台です(資料2)。
 今冬、日本では過去最多の感染者数を記録しました。その主役はオミクロン株BA1でしたが、現在はオミクロン株BA2に置き換わっています。オミクロンはデルタ株より感染力が強く、免疫逃避という特徴も合わせ持ちます。免疫逃避とは、コロナウイルスをやっつける抗体の働きが落ちることで、2回のワクチン接種では残念ながら効果が不十分なのです。しかし3回目接種を行えば重症化予防効果も感染(発症)予防効果もかなり回復することがわかっています。そういった報告は国内外からいくつも出ていますが、和歌山県の報告が見やすいのでご紹介します(資料3)。2ページ目の棒グラフを見ていただければ、3回目接種によって罹患者が劇的に減っていることがわかります。また2020年12月から2021年12月までに米国で報告された約3,000万人の調査によると、ワクチン接種率が10%上がると死亡率は8%、発生率は7%下がることがわかりました(資料4)。オミクロン登場前の数字ではありますが、ワクチン接種率を高めることがいかに意義あることかわかります。3回目接種がまだの方は急ぎましょう。
 ワクチン接種は後述する後遺症を減らす効果もあります。ちなみに4回目接種が5月末から始まりますが、対象は60歳以上、または基礎疾患がある人に限定されることになりました。60歳以下の健康な人は3回接種していれば重症化はかなり防げるので4回目の意義は乏しいという判断のようです。 

2.コロナの後遺症は無視できない問題

 最後は後遺症の話です。コロナ発生当初から医師の間では話題になっていたのですが、オミクロンの流行で後遺症が見逃せない問題となってきました。WHOは「post COVID-19 condition」と呼んでいて、「SARSCoV-2に罹患した人に見られ、少なくとも2カ月以上持続し、また、他の疾患による症状として説明がつかないもの」としています。いろいろな調査を見ますと発症から12週(3ヶ月)以上何らかの症状が続く場合を後遺症としていることが多いようです。ちなみに厚生労働省では「罹患後症状」と呼んでいます(資料5)。倦怠感、息切れ、頭痛、脱毛、筋力低下、ブレインフォグ(頭に霧がかかったような状態で注意力や集中力が低下する)、記憶力低下、睡眠障害など様々な症状が出現し、場合によっては仕事や日常生活に支障が生まれます。オミクロン株は初期に流行した株やデルタ株よりも感染当初の症状は軽く済む人が多いのですが、後遺症の発生はオミクロンの方が多く、また重い可能性があると言われています。また感染当初の症状が軽くても後遺症が重い場合もあり、場合によっては検査で見つかって無症状だったのに数ヶ月経って後遺症と思われる症状が出ることもあり、誠にやっかいです。発生頻度は感染者の4人に1人程度という報告もありますがまだはっきりしません。私が関わっている会社や友人知人には今のところ重い後遺症で悩んでいる人はいないので、重症な後遺症は稀とは思いますが、後遺症外来をやっている医師によると休職を余儀なくされるケースも多数出ており(資料6)、今後、従業員の相談が増える可能性があります。
 職場復帰の際の配慮や、長期化した場合の仕事と治療の両立支援の意味からも、対応が必要になってくるでしょう。資料5は医師向けに書かれていますが、12章「罹患後症状と産業医学的アプローチ」に職場での対応の実例が挙げられており、参考になると思います。またWHOからは自分で行うリハビリテーションの資料も出ていますので必要な方にご紹介ください(資料7)。
 

資料

1)B.1.1.529系統(オミクロン株)が主流である間の当該株の特徴を踏まえた感染者の発生場所毎の濃厚接触者の特定及び行動制限並びに積極的疫学調査の実施について
https://www.mhlw.go.jp/content/000916891.pdf
2)3回目接種の年齢階級別接種率(都道府県別)の実績(首相官邸)
https://www.kantei.go.jp/jp/content/kenbetsu_nenreikaikyubetsu-booster_data.pdf
3)新型コロナウイルス感染症の県内発生について(和歌山県)
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/041200/d00203179_d/fil/kouhyou25.pdf
4)Public health impact of covid-19 vaccines in the US : observational study
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35477670/
5)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療の手引き別冊 罹患後症状のマネジメント・第1版
https://www.mhlw.go.jp/content/000935259.pdf
6)オミクロン後遺症、若年層重く 仕事と治療両立課題
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUE041R70U2A400C2000000/?unlock=1
7)リハビリテーションの支援:COVID-19-関連疾患後の自己管理 第2版
https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/344472/WHO-EURO-2021-855-40590-59892-jpn.pdf?sequence=72&isAllowed=y

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