見出し画像

トラの名前をネコに変えてもトラはトラ(JES通信【vol.160】2023.2.13.ドクター米沢のミニコラムより。一部加筆あり)

●夢を見た

 岸田首相が今春にもコロナを5類に移行すると発表した1月20日の夜、大学時代の学生寮にタイムスリップする夢を見ました。でもなぜか姿格好は今のままです(夢ですから)。お前の誕生日のお祝いをするので、みんなで集まって歌おうというのです(私の誕生日は5月ですが、夢ですから)。「いや、マスクを外して歌うのはまずいでしょう」と私が言うと、それもそうだね、仕方ないね、と言って友人は帰っていきました。ところがいつの間にか友人たちが100人以上もホールに集まり、大パーティーが始まってしまったのです(私に100人も友人はいません。夢ですから)。それを見て、仕方ないなあ、世間の雰囲気はそうだよね、と思ったところで目が覚めました。

●5月8日にコロナは5類に

 5月8日にコロナは感染症法の「新型インフルエンザ等感染症」から、季節性インフルエンザ、麻疹、風疹、梅毒などが分類される5類に移行します(資料1)。この移行についてはコロナ診療に携わる医師からは反対の声が多い一方、経済へのダメージをこれ以上看過できないと考える経済界では賛成の声が多いようです。医師の中にも、いずれは5類になるのだから準備すべきという人もいれば、すでにインフルエンザ並みなのだから5類は当然という人もいます。中には「ただの風邪」だから感染症法の分類からも外すべきという人までいて、戸惑う方も多いのではないかと思います。 

●すでに5類に近い運用がなされている

 コロナの対策は「新型インフルエンザ等感染症特別措置法」によって運用されています(資料2)。コロナは2類相当と言われますが、特措法による対策は1類並みに厳しい面もありました。それがワクチンや治療薬の普及による致死率の低下、感染の急拡大などの変化に応じて対策を修正し、すでに5類に近い運用となっていることは、昨年9月配信の本コラムで紹介したとおりです(資料3)。「2類から5類へ」とおっしゃる方の中にはこういった変更をご存じなく議論している方もいるように感じます。
 実は2020年秋の感染が収まっていた頃は、私も5類に変更していいのではと思ったりしました。軽症者の入院は必要ないし、屋外で感染する可能性は低いので、外出自粛も必要ないと思いました。飲食店の時間制限も、かえって混雑するのではないかと疑問でした。しかし毒性が高まった変異株の登場や後遺症問題などが徐々に明らかになり、5類にすれば済む単純な話ではないと考えるようになりました。

●5類変更で期待されること

 5類になると以下のような変化が期待されます。
 
1)行動制限・各種規制がなくなる
 特措法のもと、外出自粛要請や飲食店の時間制限、イベントの人数制限など、私たちの生活はさまざまな制約を受けました。いずれも「要請」ではありましたが、法律に書かれているとプレッシャーは受けます。5類になればそういった圧力がなくなり、日常生活が元に戻っていく感覚が得られるでしょう。
 
2)厳しい感染対策がなくなる
 お店や各種施設は、入場者に対して検温や手指消毒、マスク着用などの感染対策を求めてきました。こういった対策は業界団体が作ったガイドラインに従っていることが多いので、5類になれば緩和されていくでしょう。ただし施設管理者は利用者全体の安全を守る義務がありますから、施設の状況によっては何らかの「お願い」が続く可能性はあります。
 
3)解放感が得られる
 何よりも大事なのはこの感覚かもしれません。すでに昨秋あたりから街は賑わいを取り戻してきました。東京の地下鉄は昼間でもけっこう混んでいます。デパ地下の混雑にもビックリします。「もう大丈夫ですよ」と宣言されれば人々の心がより自由になり、社会経済活動により積極的になるという効果が期待できるでしょう。

●5類になると心配なこと

 一方、医療面や感染防御の観点からはいろいろ心配があります。忽那氏の解説(資料4)なども踏まえ、BCP(Business Continuity Plan:事業継続計画)の視点から何が懸念されるか、考えてみます。
 
1)感染している人が出社してくる率が高まる
 コロナは人と人とが唾を飛ばし合う距離で交流することで感染が広がります。5類になれば感染者も濃厚接触者も行動制限を受けませんので、感染者が出社してくる率が高まります。しかしインフルエンザの場合でも、多くの企業では学校保健安全法にならい、「発症後5日間経過かつ解熱後2日間」を待機期間の目安にしており、コロナも似たような運用を続けることが望ましいと思います。なお療養開始時も療養明けにも、抗原検査等の結果報告で判断し、医療機関に診断書を求めないようにしてください。濃厚接触者の欠勤を防ぐために抗原検査の活用があってもいいと思っています。接触が判明した日から接触後5日目まで毎日検査を行い、陰性ならば出社OKとする方法です。
 
2)発熱外来は減るかもしれない
 5類になると、どこの内科でも診てもらえると思っている人が少なくないのですが、その可能性は低いと思われます。現在、コロナを診ている医療機関は感染症法で指定され対応しているのではなく、コロナの治療や検査、感染対策が行えると判断した機関が自主的に対応しています。コロナはインフルよりもはるかに感染力が強いので、待合室が1つでは他の病気の患者さんが感染してしまう危険性が高いのです。そのため待合室・診察室を分けたり診療時間を分けるゾーニングが必要になるのですが、街中の小さなクリニックでは難しいのです。さらに医師が感染してしまうと1週間くらい休診になりますから、なかなかコロナ対応を打ち出せないのです。さらに今まで補助金の助けで防護具などを調達していた病院は、赤字になってまでコロナ診療を続けようとは思わないでしょう。5類になると強制力が失われるので医療機関の判断次第になってしまうのです。
 
3)行政のサポートが縮小するかもしれない
 発熱や咳、咽頭痛が出たけれど医療機関の受診を迷う人、医療機関の予約が取れなかった人にとって、自治体のサポートセンターは大きなよりどころになっていましたが、5類になると公的な支援が縮小していく可能性があります。
 
4)医療逼迫の常態化
 昨夏に続き今冬の第8波でも救急医療が大変な状況に陥りました。この辺りの事情は倉原氏(資料5)や船越氏(資料6)の記事をぜひご覧ください。特に船越氏の記事は涙なくしては読めませんでした。倉原氏の記事にありますように、早期に緩和策に舵を切ったイギリスでは慢性的な医療逼迫が起こっています。これはなかなか実感できないと思いますが、私たちが事故や急病に襲われたときに救急車が間に合わず、手遅れになるかもしれない状況がずっと続くということです。それを避けるための国の方針が見えてこないので、コロナの現場は危機感を抱いているのです。

●コロナの毒性は本当にインフルエンザ並みになったのか

 ということで悲観的な話が多くなってしまいました。5類変更の目安とされるのが季節性インフルエンザ並みに軽症化したかどうかとされています(資料7)。このテーマは昨年12月配信の本コラムで詳しく取り上げましたが(資料8)、2023年2月の時点でもまだインフルエンザ並みにはなっていないと私は考えています。
 主な懸念点は、
 1)致死率は下がったが感染力がより強くなり、第8波では過去最多の死者数を記録した
 2)感染後に心筋梗塞や脳卒中など心血管系の重篤な障害が発生する
 3)社会生活に影響を及ぼす後遺症が出る可能性がある
の3つです。感染力の強さが感染防御対策を難しくし医療を逼迫させ、心血管系疾患の誘発が死者をさらに増やし、後遺症問題が社会経済活動の活力をそぐ可能性があるのです。

●トラの名前をネコに変えてもトラはトラ

 今回のコロナ禍を人食いトラの出現にたとえてみました。山の中にいたトラが人里に出てきて人を食うようになったのが新型コロナです。世界中を恐れさせました。しかしワクチンというカンフル剤のおかげで人々の「逃げ足」が速くなり、トラに追いかけられても逃げ切れる人が増えました。ところがトラの繁殖力が増大し、数が増えたことにより食われる人も増えてしまったのが昨年来のオミクロン株の襲来です。まだオミクロンが隆盛の現段階で「5類を宣言する」というのは、「トラ、怖いですよね。だから名前をネコに変えました。もう安心してください」と言っているように私には感じられるのです。しかし、「あ、ネコなんだ。もう怖くないね」と山の近くに行ったら食われてしまいます。名前を変えてもトラはトラなのですから。今回のコロナ禍でもっとも凶暴だったデルタ株(2021年夏に流行)に比べオミクロン株は大人しくなりましたが、トラはトラです。ネコにはなっていません。
 私は特措法の中でより制限を緩めていくか、新しく新型コロナの分類を作って対応すればいいのではないかと考えていましたが、政府が5類移行を決定した以上、それを踏まえたBCPを考えていかねばなりません。ウイルスの性質が変わっていない以上、昨年11月配信の本コラムで紹介したBCPの基本、すなわちワクチン、マスク、換気、抗原検査キットの4つの重要性は変わらないと考えております(資料9)。その上で、効果の乏しい対策はどんどん削り、少しでも負担の少ない企業活動が続けられるよう工夫していきましょう。

参考資料

1)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA270W90X20C23A1000000/
2)https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001024265.pdf
3)https://note.com/sangyo_dialogue/n/nb84d72762233?magazine_key=mc75a0c66547f
4)https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20230121-00333694
5)https://news.yahoo.co.jp/byline/kuraharayu/20230130-00334930
6)https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-er-funakoshi
7)https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001045763.pdf
8)https://note.com/sangyo_dialogue/n/ncf393d2b938f?magazine_key=mc75a0c66547f
9)https://note.com/sangyo_dialogue/n/n5372d24bcf05?magazine_key=mc75a0c66547f

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?