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研修講師:さんぽセンター東京で復職支援の研修を担当しました

 2019年から東京産業保健総合支援センター(さんぽセンター東京)の産業医研修会のお手伝いをしておりますが、2023年3月にうつ病や適応障害で休職している方の復職支援について、事例検討を交えた研修を行いました。

日 時:2023年3月17日(金)14:00~16:00
研修名:復職支援の勘どころ(実地研修)
内 容:うつ病や適応障害による休職者の復職判定、復職支援について、事例検討を交えながら業務起因性精神疾患の考え方、休職者の心理、リワークを含めた休職中の支援の進め方を検討し、復職判定をスムーズに行うためのツール、診断書の読み方や主治医との情報交換の方法などもご紹介します。 

アジェンダは以下の通りです。

1.業務起因性うつ病の考え方
2.うつ病治療で必要なこと
3.リワークの実際
4.リワークで何が変わるのか
5.職場復帰支援の実際

 私は1994年からアルコール医療に関わり、2009年からは復職支援デイケア(リワーク)の運営も行ってきましたので、さんぽセンター東京では職場のアルコール問題対策とうつ病の復職支援について年に1回ずつ、産業医研修(実地研修)を担当しています。今回は復職支援の講義の冒頭でお話している内容をご紹介します。

●復職支援システムの構築

 私が産業医の仕事を始めたのは医者になって11年目の1994年でした。声がかかったのはIT系の企業で、メンタル休職が増えてきたので手伝ってほしい、ということでした。最初は月1回半日の訪問でした。メンタル休職が増えたと言っても1回の訪問で面談は1、2名。あとは保健師さんと雑談して帰ってくるという感じでした。また復職の面談と言っても、「もうよくなりましたか。仕事は大丈夫そう?まあ無理しないでやってね」といった簡単なやり取りで済んでしまうことが多く、現在の復職支援の大変さとは比較にならないくらい牧歌的な時代でした。
 ところがメンタル休職者がだんだん増えたため、リハビリ出勤を含めた復職のルール作りを人事労務と進めることになりました。1990年代後半には復職支援システムが出来上がりましたが、ある時人事課長から、「先日、グループ子会社の集まりがあって、職場復帰支援の取り組みを共有したのですが、親会社を含めうちの会社のシステムが一番進んでいました」と報告を受けた時は嬉しかったですね。私が医者になって最初に所属した研究室では職場復帰や学校への再適応などのリハビリテーションをとても重視していたので、そこで学んだことを応用しただけだったのですが、当時はまだ厚生労働省から「職場復帰支援の手引き」なども出ていませんでしたので、各社手探りで進めるしかありませんでした。
 バブル崩壊に象徴される働き方の変化を受けメンタル不調者が増え、2000年代になると毎週訪問するようになりました。1回の訪問が3時間、お一人30分でしたが、6件の面談のほとんどが復職判定で埋まる事態になりました。年間の自殺者3万人超えが続いたのもこの時期です。企業にとってはメンタルヘルス対応が経営の重要な課題になりました。

●仲間が病気で困っているのだから、できるだけのことはしてあげよう

 実は初めは産業医の業務に消極的でした。これは私の誤解・偏見だったのですが、産業医は企業の代弁者になりかねない、という思いがあったからです。しかしこの会社に産業医として関わり、従業員の困りごとの相談を受ける一方、人事労務の方たちとも問題解決に向けさまざまな議論をしていく中で、従業員も会社も幸せになっていくことを手伝う、とてもやりがいのある仕事だと感じるようになりました。今でも記憶に残っているのは、当時の人事課長の、「一緒に働いてきた仲間が病気になって困っているのだから、できるだけのことはしてあげたいと思うんです」という言葉です。こういうパッションを持った人事労務の人がいる会社で仕事ができる人は幸せだろうなと思います。

●産業医を始めてビックリした

 一方、産業医を始めてとてもビックリしたことがあります。復職希望者の面談をしていると、半数くらいの人は復職可能な状態まで回復していないのです!主治医からは「復職可能」の診断書が出ているのに、一体何が起こっているのか!?と戸惑いました。そして社員にどのような治療を受けているか、詳しく聞いてみると、どうやら以下のような問題があるように思えました。
 
1.治療の時期に応じた指導が行われていない

 どんな病気でも急性期は安静・休養が必要です。しかし適切な時期にリハビリテーションを開始しないと、とりあえず落ち着いたがそのままずるずるとした生活が続いてしまう、ということが起こります。そこを指導していくのが主治医の仕事だと思うのですが、そういった助言を受けていない方が少なくないのです。主治医は、それは自分でやるものだ、と考えているのかもしれません。確かに古典的なうつ病の人ならば良くなってくると自分で動き始めます。しかし今ではそういう人の方が少数です。とりあえず家での生活は問題ないが、社会活動に参加できるレベルまで戻らないまま、数ケ月を無為に過ごしている人が少なくないのです。
 
2.薬物療法が効果を上げていない
 次に処方の調整が十分行われていないケースがあります。私は自分が主治医で関わる場合、まずは毎週来院してもらい投薬を調整します。また状況に応じて生活の助言を行います。しかし初診時に少量の抗うつ薬がいきなり1ヶ月分処方され、あとは同じ処方で数ケ月経過、といったケースが少なくないのです。もちろんそれで良くなっているのならいいのですが、おそらく診察室では、「いかがですか?」「変わりありません」「じゃあ同じ薬を出しておきますね」といった診察(と呼べるかどうか)で終わっているのではないでしょうか。主治医の方は、患者が困っていると言わなきゃそれでいいと思ってしまうし、患者の方は主治医が何も言わないからこのままなのかな、まだ会社に戻れないのかな、と思ってしまう。こういう例もたくさん見てきました。
 
3.会社に行けないのは大変だ!という認識が主治医に乏しい
 2とも関係しますが、会社を休んでいるというのは病気の重症度で言えば中等度に重いのだ、という意識が主治医に乏しいように思います。復職できなければ仕事を失うのですから、人の人生がかかっているわけなのですが、どうもそういう危機感に乏しいような気がしてしまいます。
 
4.休職の原因が解明されていない
 そして最後は、そもそもなぜ休むことになったのかという原因が究明されておらず、当然のことながらその解決策も話し合われていません。休職の原因の解明は本人の力だけではなかなか難しいところがあります。主治医が会社の問題を解決できるわけではありませんが、病気の発症に業務が絡んでいるのであれば、その問題を本人と共有し、それが会社に伝わるようにするのは主治医の役目と考えます。また本人の性格傾向に課題があるなら、そこを取り上げ、より生きやすくなるように働きかけるのが精神科医や心療内科医の仕事だと思います。
 
 リワークに参加した人はこれらの課題がクリアできているのですが、リワークを経験していない人はほとんどこの課題に取り組めていません。ですので、復職にあたって職場が取り組むべき課題や提案が出てこないのです。

●メンタル休職の復職判定の難しさ

 私が産業医を始めた頃は牧歌的だったと書きましたが、今は休職者が増え、またその多くが業務起因性のため、本人の適応努力だけでなく、職場の方も、何が課題で、どのように変わったらメンタル休職を減らせるのかを考えていくことが必要です。
 しかしメンタル疾患は目に見えないので判断が難しい。足の骨折で入院したら、歩けないことは誰でもわかります。動けないものは仕方がない、と周囲も本人も割り切れるので、仕事への焦りが生じることはまずないのです。
 ところがメンタル疾患の場合、病気の特性から判断力などの脳機能が低下していることが少なくなく、自分の体調や周囲の状況が客観的に判断できず、一方、会社に迷惑をかけた、職場に居場所がなくなってしまうといった焦りや、こうなったのは上司のせいだといった会社への不満が解消しておらず、脳が空回りしています。そしてできるはずという過信から復職に前のめりになり、無理に復職して再発するということを繰り返します。
 こういった本人と職場の状況を踏まえた上で、この研修では業務起因性うつ病の考え方とうつ病治療で必要なことを解説し、リワークでの治療とそれによって起こる変化を紹介しました。そして最後にリワークを利用しないケースでは、どのように職場に役に立つ情報を引っ張り出すか、といったことをお話ししました。
 この復職支援の研修内容はいずれnoteでご紹介したいと思っております。 

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