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ヒューリスティックな判断に気をつけよう(JES通信【vol.144】2022.03.10. ドクター米沢のミニコラムより)

■ コロナはインフルエンザ並み?

 国内のコロナ第6波は2月初旬にいったんピークを迎えましたが、3月に入って下げ止まっているように見えます。このまま高止まりになるのか、再度増加するのか、予断を許しません。重症者も多く医療が逼迫した状態は続いています。

 一方、JES通信vol.142で取り上げたように、オミクロンの軽症化や海外でのコロナ規制の撤廃を受け、コロナは季節性インフルエンザ並みになったのだから各種制限はもう必要ないのでは、といった議論も起きています。本当にそうなら喜ばしいことなのですが、3月2日に新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードから出た致死率の報告によると、純粋な比較は難しい面があるものの、まだインフルエンザ並みとは言えないとの結論になっています。(資料1、2)

 2020年の新型コロナ流行当初から、「コロナはただの風邪」のような言説はありました。しかし当初の致死率は約2%で、とても風邪やインフルエンザ並みと呼べるレベルではありませんでした。それがワクチン接種により致死率が下がったこと、さらにオミクロンの登場でウイルス自体が軽症化したことで、インフルエンザ並みではないか?という議論が昨年末から盛んになってきたわけですが、感染者数の急増によって2月後半には死者が過去最多となり、医療逼迫が起こっています。毎年のインフルエンザではこのようなことは起きません。

 コロナ治療の現場からは、「オミクロンのどこが風邪やねん!」という声が聞かれます(資料3)。そうした情報は識者にも入っているはずなのに、未だに「コロナは風邪、インフル並み!」との発言が出るのがとても不思議です。

■ ヒューリスティクスとは

 今回のコロナ禍ではたくさんのデマやフェイクニュースが世の中に流れ、私たちは不確かな情報に振り回されました。過去のコラムではそういった現象を正常性バイアスや確証バイアスなど我々が持っているさまざまなバイアス(認知の歪み)の観点から考察しました。今回はヒューリスティクス(heuristics)の視点で考えてみます。

 ヒューリスティクスとは行動経済学などで使われる概念で、我々が物事を判断する時はいつも論理的に行うわけでなく、あまり重要ではない場面や時間がない場面、知識や情報が少ない状況では直感的な意思決定を行っているというものです。たとえば道の向こうから欧米人風の人が歩いてきて道を尋ねられそうになったとします。「英語、苦手!」と視線を外したけれど、日本語で話しかけられホッとした。「欧米人=英語」と直感的に判断したわけですね。直感というより早合点、早とちり、短絡的という日本語の方が合っているかもしれません。

 いまウクライナが大変なことになっています。「プーチン大統領ひどい!ロシアひどい!」と思う方は多いと思いますが、「ロシア人ひどい!」はどうでしょうか。ロシア人すべてが戦争に賛成しているわけではありませんし反対運動を起こしているロシア人もいます。しかし悲しいことにロシア人への差別が起こっているようです。これこそヒューリスティックな判断の誤りの典型と言えるでしょう。

 コロナが始まった当初、「コロナには26℃、27℃の白湯が効く」といったデマが流れました。おそらくウイルスが高温で死滅するという情報からヒューリスティックに導き出された言説と思われます。26℃、27℃で死ぬなら人の体温は37℃ですから感染など起こるはずがない、笑ってしまうようなデマでしたが、それを指摘したら絶縁されたなどという笑えない話もありました。コロナ初期の混沌とした状況で不安にかられ、少しでも役に立ちそうな情報をお友達に伝える中で広がったのだと思います。デマやフェイクニュースは共通する不安を基盤として、その多くは善意によって広げられます。

■ 再び「オミクロンはインフルエンザ並み」か?

 オミクロンの話に戻りましょう。オミクロンによるコロナの軽症化との情報には私も希望を抱きましたし、経済や社会生活を早く元に戻したいという気持ちの強い方、あるいはこれまでの政府の対策に不満のあった方には朗報だったのでしょう。「もう対策を緩和していいのではないか!」と考えたくなります。

 しかしもう一つの重要な「感染力はより強くなっている」という情報は目に入らないか、軽視してしまったようです。入院を要する重症者数(=医療逼迫の度合い)は、「感染者数×重症化率」の掛け算で決まります。そこにさらにオミクロンではワクチンが効きにくくなること(免疫逃避)、およびワクチン接種から時間が経ち効果が落ちる高齢者が増えることもわかっていましたから、2月から日本で起こっている医療逼迫は、昨年末の時点でシナリオの一つに入っていたのです。それなのに、過去最多の死者数が出た2月末の時点でも「コロナはインフルエンザ並みの対策でよい」と考えるのはヒューリスティックな判断と言わざるを得ません。早くそうなってほしいけれども、「願望」と「現実」を混同した議論は避けねばなりません。

■ オミクロンにワクチンは効かない?

 オミクロンの免疫逃避の話にもう少し触れます。オミクロンではワクチンの発症予防効果が下がりますが、「下がる」を「効かない」と極端に解釈し、「効かないから3回目接種は意味がない」と考えるのもヒューリスティックな判断と言えます。さらに飛躍して、「そもそもコロナにワクチンは無意味だ」などと言い出す人もいて驚いてしまいます。

 3回目接種(ブースター接種)によって発症予防効果はかなり回復し、重症化予防効果も高いレベルで維持されることはご存知の通りですが、では一体何回接種すればよいのでしょうか?イスラエルのように4回目接種を始めた国もある一方、3回で様子を見る国もあり、まだ結論は出ていません。新しいワクチンの開発も進んでいるようですので、より効果が高く副反応の少ないワクチンの登場を期待したいところです。

■ 「情報の翻訳者」と「不確実性への免疫」

 オミクロンをめぐるヒューリスティックな言説を検証してきましたが、病気やワクチンの話はやはり医療従事者以外には難しいのかもしれません。というのも、今回のウクライナ危機の報道を見聞きしていると、この危機の原因について誰の言うことが妥当なのか、ロシアや東欧情勢に疎い私としては判断に迷います。おそらく多くの方もそうではないでしょうか。情報が少ない状況ではヒューリスティックな判断をしがちなので気をつけねばなりませんが、難しさもずっと感じています。コロナ初期の時もそうでしたが、「確かそうな情報を踏まえ説明してくれる人・機関」(情報の翻訳者。リスク・コミュニケーター)を見つけるのが大変でした。

 ジャーナリストの佐々木俊尚氏は信頼できる専門家の見つけ方として、1)専門家同士でつながっている、2)ほかの専門家へのリスペクトを持っている、3)公式な専門用語をきちんと使う、の3つを挙げており(資料4)、我が意を得たり、です。

 コロナにしてもウクライナ危機にしても先が見えない状況は人々を不安に陥れます。その中で常に希望は失わず、しかし前のめりになって後悔することもないよう情報の検証を怠らず、「不確実性に対する精神的な免疫」(レジリエンスですね)を保っていきたいものです。

■ 資料

1)オミクロン株による新型コロナウイルス感染症と季節性インフルエンザの比較に関する見解(p.51-57)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000906081.pdf

2)オミクロン株とインフルエンザの致死率はどちらが高い?第6波はこれまでの波で最多死者数となる予想

3)大阪府の新型コロナ病床使用率100%超とはどういう状況か軽症中等症病床の逼迫の現状

4)ウクライナ侵攻「正しい情報」見抜くプロの読む力~「陰謀論、間違った情報」にだまされない秘訣


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