なぜ 私達はユチョンに魅せられ続けるのか

コンサートが延期になりました。まあ仕方ないですね 僕は1月16日も仕事で行けそうにありませんが・・・トホホ
本日は世間ではオワコンだと言われているユチョンになぜ魅せれれるのかを主観的に? 話していこうと思います。
人柄について話すつもりはありませんでしたが結局人柄の話になってしまいました・・・すいません
それではどうぞ

第一に

「声」


僕はユチョンの声が好きです まずそこから入ったといっていいでしょう
東方神起時代の野生的なエロで魅惑な声も大好きですし、今の落ち着いた低音も最高です。確実に東方神起やJYJ時代よりも歌は上手くなっています。声が凄く伸びるし、綺麗な低音が出せています。以前も書きましたが低音からの高音は誰よりも魅力的です。うまいのではなく魅力的だというところがポイントです。魅力的というのは非常に主観的な言葉ですが言葉通り「人を惹きつける」表現力といったらいいでしょうか

第二に

「演技力」


もしユチョンがただの元東方神起 元JYJだけならここまでの求心力を持たなかったと思います。彼が短時間で数々のドラマ、映画に出演し、結果を残したことは本当に大きなことだと思います。ここでいう結果とは俗に言う
「興行的にヒット」のことではなく「記憶」のことです。
彼の演技が人々の記憶に残ったということです。「記憶」に残る演技をすることは困難です。ただ役をこなせばよい、台本を読んで喜怒哀楽を表現して
だけでは「記憶」に残る演技にはならないでしょう。
勿論そこには素晴らしい台本と舞台とまわりを固める名優達がいて成り立つ訳ですが そのチャンスをものに出来ない人達も大勢居る中でユチョンは
元東方神起、JYJのユチョンという枠ではなく 俳優パク・ユチョンとして認知させたというのは驚くべきことです。
彼の演技というのはそこのキャラクターになりきるということ 当たり前のことですが これは非常に難しいことです。その俳優のイメージがあればあるほど そのイメージで視聴者は見てしまうものだからです。
特に当時アイドル枠であったユチョンは「アイドルが片手間にドラマでてるんでしょ」といった世間の見方を完全に覆すものでした。
今では「演技ドル」という言葉も出来ている位 アイドルの演技者達は増えましたが、その先駆者は確実にユチョンでしょう。ジュノやテギョン シワン、エル、ヒョンシク、みんな演技が上手です。本当に韓国の演技ドルは演技の質が高い びっくりします(日本なら二宮か草薙位かな・・)

最後に

「素直さ」

これは異論がある方もいらっしゃると思いますが僕はこれをユチョンに強く感じるんです。
「嘘つきが素直のはずが無い」 「反省も無いやつが素直?」と思う方が大勢いることは知っています。
ここでいう「素直さ」は嘘偽りの無い本心ではなく 本能に対して感情の偽りがないという意味合いです。
作戦や戦略的、計画的であったなら なぜユチョンはあのタイミングで薬物の釈明会見をしたのでしょう。
なんで解散後ジェジュンやジュンスが「東方神起」に対して無言を貫いていたのにユチョンだけ「東方神起」という名前を出してしまったのでしょう
2016年の事件後 JYJでユチョンだけ「ジェジュン・ジュンス」というメンバーの名前を出してしまったのでしょう
なんで数々のファンミで涙くんで歌えなくなってしまうのでしょう
ただの馬鹿なのか それとも作戦なのか
僕はただ自分の気持ちに対して素直すぎるんだと思います
人は理性で本能をコントロールすることが出来ます
でもユチョンはそれが苦手なのでしょう

もしユチョンが計画的ならこう何度も人に裏切られることもないだろうし
場違いな釈明会見をすることもなかったと思います。
もし戦略的だとしたら当たり前のように執行猶予期間は大人しくしている筈ですし、タイでファンミをやったり、写真集を出したり、アルバム発売したりコンサートをやったりは絶対にしない筈です
ユノの自粛を思い出してみてください。コロナ自粛期間に友達に会いに夜中出ただけで東方神起の活動停止 キングダム司会のリタイアとなってしまったことを これが当たり前なんです。世間に対して反省のイメージを示すにはこれが当然の行動なのです。僕はユノが悪賢いといっているのではありません。SMというトップの事務所の判断としては真っ当だということです。いちアーティストを守るとすればこれが当然の判断なのです
ではユチョンは? 勿論 活動の制限のすべてを彼の独断でやっている訳ではないと思いますが主張は大手事務所よりは通る筈です。以前のリシエロでも現ログブックでも  計画的とは程遠いです。一般的には「馬鹿」の部類だと思います。だから「反省なし」だの「金のことだけ」などとなじられてしまうのです。

彼の本意は「ペンを喜ばしたい」だけではないでしょうか

でなければ説明がつかないのです。
一般的な常識を飛ばしてでもやらなければいけないこと、「自分を支えてくれているペンを喜ばしたい」これは使命感ではなくただの本心なのだと思います。計画性などは微塵もないのです。
僕は・・いや私たちはそんなユチョンに魅せられているんです。
素直にただ会いに行くというユチョンに・・・
それは世間的にはただの馬鹿なんでしょう。
でも彼は気持ちで動いている それが私達を大いに感動させ彼と私達との間にある手綱をより強固なものとするのでしょう

だからユチョペンはいい続ける

「私達はユチョンと添い遂げる」と・・・


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